Ep.3-24
天を焦がす無数の篝火の中、エリオスは開け放たれた鉄の大扉の向こうからゆらりと館の外へと現れた。
魔術を発動させるでもなく、武器を構えるでもなく、完全武装の兵士たち槍衾の中へとまるで散歩でもするかのような気楽さで歩み進んでいく。
その泰然たる姿とは真逆に、兵士たちの間には緊張が高まっていく。彼が一歩、跳ね橋を渡り来るごとに、兵士たちの――特に、一度館の中に入った近衛騎士第二師団の兵たちの意識は限界を越えて張り詰めていく。
跳ね橋を渡り切ったところで、エリオスはふと立ち止まる。自身を扇形に取り囲む兵士たちの顔をまじまじと検分するかのように、そしてその中から誰かを探すように。
「――私をお探しかな?」
「おや――!」
エリオスは緊張を切り裂くように響いたその声に、相好を崩す。
槍衾が開け、その向こうからアリキーノが現れた。
「ふうん、はは。逃げてなかったんだ――少しだけ感心したよ」
「私は指揮官ですからねぇ――それに、貴方を相手するのなら、背を向けて逃げ出すのはあまりに危険すぎるように思えましてね」
「それは誉め言葉として受け取っておこう」
ふわりと花の咲いたような笑顔でエリオスはそう言った。その姿があまりにもこの状況から遊離していて、兵士たちの間にはどよめきが生まれる。
そんな彼らを気にするでもなく、エリオスはぐるりとあたりを見回して首をかしげる。
「でもねえ、たぶんそれは最適解ではなかったと思うよ、アリキーノ子爵」
「なんですって? 他に何が——」
怪訝な表情を浮かべるアリキーノに、エリオスはニヤリと笑ってみせる。そして、指を立てて左右に振って、三つ舌打ち。
「逃げるコト——たしかにこれは一番の下策、私は君たちがどれだけ早く逃げようと、幾手に別れようと殺し尽くすだろう。逃げることに注力した君たちは私に嬲り殺されるしかない。しかも、自分の仕事に背を向けるという不名誉まで背負ってね。
戦うコト——こっちは、まあ悪くはないんだろうけどやっぱり下策。君たち如きは私に勝てる道理がないんだからね。まあ、自分の使命に殉ずるっていう名誉は得られるかもだけど……」
滔々と言葉を連ねるエリオス。その有り様はまるで学者が教え子に延々講釈を垂れるかのようで、大軍勢に囲まれているという危機感がまるで感じられない。
何を考えているのか。そんな困惑が兵士たち——特にずっと館の外にいた何も知らない兵士たちの顔からはありありと見てとれた。
実際、軍勢の中には百人前後の弓兵や50人強の選りすぐりの魔術師たちがいる。いつ攻撃が遠くから飛んできてもおかしくないという状況にありながら、それでもエリオスは恐るどころか、気にもしていない。
そんな彼の長々しい講釈を疎むように、アリキーノは低い声で吐き捨てるようにエリオスに問う。
「ならばどうするのが最善だったと?」
そんな彼の問いに、先程までの花咲くような笑みとは打って変わって、嗜虐に満ちた悪魔のような笑みでエリオスは答える。
「死ねば良かったのさ——自分の手で一瞬のうちに命を終わらせて、死の世界へと逃げていればよかった。そうすれば、私という恐怖と相対することも、苦悶と激痛、絶望の中で死ぬなんてこともあり得ずに済んだのに」
エリオスは目を細めてそう言った。その目にはどこか憐みにも、嘲りにも見える光が宿っていた。




