Ep.3-20
にこにこと、この惨状に不似合いな歳相応の笑顔を浮かべたエリオスに、アリキーノは表情を酷く歪める。
それは、部下の兵士の哀れで無惨な最期を見せつけられたからか。或いは目の前の少年が自分たちの想像の範疇を超えた悪辣さと残虐さを示したからか。それとも、自分の「末路」を示されて、彼を恐れてしまったからか。
「さて、どうする。アリキーノ子爵殿?」
いつの間にか、エリオスの影に食まれた兵士の声は消えていた。他の手首を切り落とされた兵士たちの呻き声も消えている。
知らぬ間にエリオスの影に止めを刺されてしまったのだろうか。
アリキーノは表情をひきつらせたまま動かない。エリオスの歩みは止まらない、残った多くの兵士たちに剣を向けられ、囲まれているにもかかわらず、その中を彼は悠然と歩き、アリキーノへと歩み寄る。
「――ッ!」
あと数歩で、エリオスが自身の剣の間合いに入るといったところで、アリキーノは我に返る。そして、強く歯噛みして、その場から飛び退く。
「おや――」
「一時撤退! 館の外へ撤退する!」
アリキーノは配下たちに向けてそう叫ぶ。その瞬間、彼の背後にいた兵士の一人が、構えていた手持ちの銅鑼のようなものを打ち鳴らし始めた。けたたましい金属音が、館中に響き渡る。エリオスはその音のあまりの大きさに、思わず歩みを止めて耳を抑える。
傍から見れば致命的な隙にも見えるのだろう。しかし、アリキーノは音に怯んだエリオスを攻撃することなく、部下を引き連れて広間の外へと駆けだした。
「――ッ!」
エリオスが体勢を立て直し、立ち上がった時にはすでにアリキーノたちはいなくなり、広間はもぬけの殻となっていた。エリオスは、頭を掻きながら立ち上がり大きくため息を吐く。
「さすがは王の特命部隊――撤退も素早いな」
「感心してないで追っかけなさいよ」
座り込んだまま傷をさするアリアが、刺刺しくそう言い放ってエリオスを睨みつける。しかし、エリオスはそんな彼女の言葉に反省するでもなく、ちらと床に転がされたままのシャールを見遣る。
「――さて、シャール。無事かな?」
シャールはそんなエリオスの問いかけに応えることなく、視線を逸らす。広間の床は、血の海と化していた。エリオスの影に全身の肉を削がれ、臓腑を引きずり出された兵士たちの骸の有様は、あの日のミリアの骸さえも可愛らしく見えるほどだった。シャールはかつて本の中で読んだ、古い大陸東部の民族の肉を時間をかけて削いでいくという処刑方法を思い出した。
「君もアリアほどじゃないが、ずいぶんにボロボロだ。治すのは後だが、とりあえずその鎖はうっとうしいね」
そう言って、エリオスはアリアの枷を外したときのように、シャールを縛める鎖を指でなぞり、破壊した。シャールはエリオスと目を合わせることなく立ち上がると、兵士たちの骸に歩み寄る。近寄るとつんと鼻を突く鉄の匂いが濃くなって、シャールはむせ返りそうになる。
それから、シャールはアリキーノたちが立ち去って行った黒く長い廊下を見る。もはや兵士たちの影は無く、彼らの軍靴の音もしない。
シャールは、改めてエリオスの方に振り返り、血のにじんだ唇を震わせながら問う。
「まだ貴方は――彼らを殺すんですか」




