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Ep.7-78

「――鮮やかに屠られ尽くしたわね」


水晶の壁の向こうで自軍の尖兵たちが蹂躙されていく様を見ながら、サウリナはあからさまに他人事な風に唇を尖らせながら宣う。いくら戦略的には使い捨てに等しい低級の魔物たちとは言え、自軍の兵力の三割近くを占める彼らがあっという間に葬られたという事実に対して、その反応はあまりにも薄すぎるようにみえた。


「あの壁の向こうに取り込まれた我が兵たちは全滅です。対して敵方の損失は全体の一割にも満たず――」


「まあ、見れば分かります。ふふ、見事なまでの敗北ですね」


側に控える将官の報告に、サウリナはくつくつと喉の奥で楽し気に笑う。そんな彼女の反応に戸惑う将官に向けて、サウリナはぎろりと視線を向ける。


「とはいえ尊い犠牲を払ったからには、それを活かさないわけにはいかない——わよね」


ニッと口の端を吊り上げ、殺気の滲んだ光で瞳を揺らし、笑みを零す。そして傍に控える伝令役の術者に目をやる。


「準備はできていますか、術師殿」


「は——既に手筈は整っております」


「結構です。では、盤面を覆しにかかるといたしましょう」


そう言ってサウリナはパチンと指を鳴らす。その乾いた音は高く遠くまで、戦場を響き渡る。

その瞬間、彼らの頭上に大きな黒い影が現れた。



§ § §



レイチェルが展開した壁の向こう側では、兵士たちが相変わらず歓声を上げていた。

自分たちを散々に凌辱しつくした魔獣たちを掃討したことで、ここまでの行軍でたまりにたまっていた鬱憤が一気に解放されたのだろう。

兵士たちの中には、血にまみれた敵の死骸を剣の先で執拗にざくざくと刺しながら、晴れやかな表情を浮かべる者さえいる。そうでなくても、この場にいる多くの者がこのささやかながら、眼に見える明確な勝利に緊張を緩めていた。

そんな兵士たちの姿に、ザロアスタは眉間にしわを寄せる。

たるんでいる――確かに目の前の敵は平らげたが、いまだに敵地にいることは変わらない。敵の本隊はいまなお健在なのだ。それが分からない彼らではないはずだが。

あるいは、敵の追撃を食い止めるレイチェルの鉱石の壁が――敵の全容を覆い隠すカーテンのように広がるそれが――彼らに、戦場にいるという感覚を薄れさせるのに一役買ってしまっているのかもしれない。

しかし、この鉱石の壁だって長く持つわけはない。これはレイチェルの魔力によって維持しているのだ。敵軍の尖兵たちの退路を断ち殲滅するという目的が達成されれば、すぐに解除しなくては彼女の身がもたない。それなのに、兵士たちがこんな様子では、彼女も下手に解除が出来まい。

ザロアスタは気の緩んだ兵士たちに喝を入れようと、息を深く吸い腹に力を込め――ようとした瞬間、それより先に空を覆う黒く大きな影に気が付いた。

次の瞬間、大気が大地が強烈な振動――否、衝撃に晒される。それと同時に、鉱石の壁は粉々に砕け散り、兵士たちはその場に崩れ落ちる。

ザロアスタは、そらに浮かぶその影を見上げ、全身を大きく一つ震わせた。


「――またしても、貴様か……アルカラゴス!」


黒龍は虫けらでも見下ろすかのような、どこか退屈気な表情で人間たちを見下ろしていた。

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