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Ep.7-75

「は——? え、伝令は不要と……そもそも伝令なんて前線の連中には無意味で……」


呼び止められた将官は困惑した様子でサウリナに問い返す。しかし、サウリナはその視線を彼に向けることなく、小さく舌打ちをする。


「いいから早くなさい——斬り捨てられたいの?」


腰のサーベルに手をかけながら、サウリナは低い声でそう返す。その言葉に宿る怒気に、将官は戦慄と、それからただならぬ切迫さを感じ取って、それ以上問うことなく回れ右して駆け出した。

そんな中、撤退を本格的に開始した聖教国軍はより一層速度を増して、本陣の方向へと駆けていく。末端の動きにこそ乱れはあるものの、一団の先頭を走る騎馬が全体を引きずるかのように引っ張り導いていく。その騎馬を駆る老騎士の姿と、その先――敵本陣に立つ金髪の女騎士の姿を交互に見遣りサウリナは舌打ちする。

それからサウリナは視線を自軍に転じる。

先陣で聖教国軍との死闘を演じていたゴブリンや不死者、魔物の軍勢は、背中を向けた敵軍に向かって、餌を目の前にぶら下げられた獣のように血眼で追いかける。

それから、後詰めの魔人や上級の魔物たちも、追撃のための準備を整え始めている。その様を見てサウリナはさらに強く舌打ちをして眉間に深い深い皺を寄せた。

そんな中、先ほどの将官がフードを被り杖を突いた魔人を引き連れて戻ってきた。


「——紫電卿、術師をつれて参りました」


「御苦労様です。全軍に至急通達なさい――追撃はするな、と」


サウリナの言葉に、連れてこられた術師はわずかに躊躇いを見せたが、すぐにうなずいて伝令の術を展開し始める。魔王軍の陣営全体に伝令の声音が響き渡る中、術師を連れてきた将官はサウリナに向かって問いかける。


「これは絶好の機会ではないのですか……それをみすみす……」


「――言いたいことは分かる。でも、罠だと分かったものにむざむざ兵力を注ぎ込んで、無駄遣いをするわけにはいかないの」


「……罠?」


怪訝そうに問い返す将官に、サウリナは目を細めて敵陣の中心で立ち上る赤い狼煙を見つめる。


「狼煙は有効な伝令手段よね。戦場のどこででも視認して、多くの兵卒がたったひとつの煙で指揮に従うことができる。それにその意味合いも敵の視点からは分からない――一種の暗号のようで秘匿性も高い。でも、指揮官からの精密な命令を伝えるのには向かない時代遅れな手段でもある」


サウリナはそういって、傍らで自身の命令を全軍に通達する術師を見遣る。

伝令魔術はおよそ百年ほど前に構築された術式で、その登場によって戦場における情報伝達の手段は大きく変わった。無論、狼煙や早馬のような古き良き伝令手段も、良い側面はある。それこそ狼煙についてサウリナが指摘した通り。

だが、今この瞬間においてあの狼煙は何のメリットもない。狼煙を見た兵士たちの動きの端々の躊躇いからも、その伝令としての無意味さが見て取れる。

だとするのならばあの狼煙の意味は何か――そんなもの、罠のための布石以外にあり得ない。


「――先陣はやはり伝令には応じないか。まあいいわ、それなら彼らをどれほど鮮やかに葬り去るのか、お手並み拝見いたしましょう」


サウリナはそう言って皮肉気に笑う。

彼女の視線の先で、聖教国の女騎士――レイチェル・レオンハルトは聖剣の柄を握る手に力を込めた。

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