Ep.3-18
「第一陣、掛かれェ――ッ!」
先に動いたのは、アリキーノたちだった。アリキーノが剣を高く掲げ、叫ぶと同時に十数人の兵士たちが一気にエリオスの下へと剣を構えて駆け寄る。前方、右手側、左手側。共に兵士たちが殺到し、逃げ場はない――だというのに、エリオスは涼し気な顔を浮かべていた。
エリオスは右手の親指を口元へと運ぶと、その皮を少し強めに噛んだ。わずかに痛みにその表情を歪めながらも、エリオスの表情はどこか楽し気だった。
傷口から滲んだ血が、つうっと指を伝いエリオスの足元、彼の影がぼんやりと映し出された床へと滴る。その瞬間、エリオスの口から詞が紡がれ始める。
「『刮目せよ、眼の眩むほど。賛美せよ、燃ゆる罪業を。眼を背けても。忘れず刻め』」
聞き覚えのある響き。これはそう――あの日、アグナッツォが殺される直前に彼が唱えていた言葉。シャールはあの時のことを思い出し、びくりと身体を震わせる。
あと数歩で、兵士たちに串刺しにされる――そんな状況にありながらエリオスは、田園の道で鼻歌を口ずさむような穏やかさで、詠唱を続ける。
「『―――我が示すは大罪の一‥‥‥踏破するは憂鬱の罪』」
エリオスの言葉の一音一音が消えるごとに、彼の足元の影が蠢き、波打ち始める。始まる、何か良くないことが始まる――兵士たちはそれをみて確信し、さらに強くと床を蹴り込み、更に速くとエリオスに殺到する。しかし、もう遅い――
「―――『私の罪は全てを屠る』」
処断の音は紡がれ尽くし、彼の足元からはゆらりと影が立ち上がる。兵士たちがソレを認識するのと、赤黒い液体が館の広間を汚すのはほぼ同時だった。
からんからんと、金属が床に転がる音が響いた少し後――絶叫が響いた。幾人もの兵士たちの絶叫が混ざり重なり、不協和音を生み出していた。
エリオスを切り殺さんと駆け寄っていたはずの兵士たちは、彼の足元に倒れてのたうち回っている。彼らの姿を見て、シャールは小さく息を呑む。
地べたにのたうつ兵士たち———その手首からが消えていた。
「——ぁぁ……ぐッぅ……」
「いだぃ……痛いィィ!」
「腕ェ……俺のぉ……手がぁ!」
エリオスに斬りかかった兵士たち、もれなくその全員の剣を持った手が切り落とされて床に転がっていた。手首の先から噴き出る血、肉と骨がスッパリと切断された断面――うめき声や絶叫が響く広間の様子は、まるで地獄を体現したようで、その凄惨さにシャールは全身総毛立つのを感じた。
「——これは……聞きしに勝る、と言ったところですか」
アリキーノは、そんな惨状に震えながらも笑みを浮かべてそう零した。




