Ep.7-73
その頃、アコール城の城門前の魔王軍の陣地――その中心で、魔王軍の最高幹部の一人、紫電卿サウリナは戦場の趨勢をじっと見つめていた。
戦況は悪くない。両戦力の激突の当初こそ、聖教国軍の叩きつけるような勢いに押されてはいたけれど、主君であるモルゴースからの遠距離攻撃をきっかけに攻勢が緩んだのがきっかけになり状況は大きく変わった。そして、それとほとんど同時にサルマンガルドによる不死者の群れの遠隔召喚が行われたのも大きかった。これによってこちらの戦力が大幅に強化されたのだ。
加えて、ここまでのこちらの兵力の損失といえば、精々低級の魔物や魔獣、そしてサルマンガルドの操る不死者のみ。一部巨人やオーガにも死者はあるが、それでも討ち取った聖教国側の兵士たちの数と比較すれば、代価よりもおつりの方が高くつくレベルだ。
とはいえ、サウリナがこの状況に満足しているかといえば否だ。
サウリナは斬り合い、殺し合う兵たちから視線を外して地面を大きく穿ったモルゴースの攻撃の跡を見遣る。そして大きくため息を一つ。
「――まったく、失態ですね」
あの大穴は自身の至らなさの証だ。
軍勢の指揮を任され、全権を委任されておきながら、モルゴースの手を煩わせてしまった。これから聖剣使いたちとの戦いを控えている主君に――そして、その後により大きな仕事を控えている魔王に。本来であれば、その魔力も、意識も、集中も、一片たりともこちらへなど向けさせるべきではなかった。その全て、総てをこの後の仕事に注ぎ込んで欲しかったのに。
「あの方のお節介にも困ったモノ……と言いたいところですが、まあその性格を知ったうえで介入させてしまったのなら私の不始末、か」
ぶつぶつとつぶやきながらもサウリナは、本陣にある自身の椅子に深く腰掛ける。
実際のところ、現状もはやサウリナにするべきことはない。なにせ現在、聖教国軍と交戦している主力部隊は3つしかなく、そのいずれもサウリナは直接の指揮を行う必要がない軍勢だからだ。
一つは魔獣たちの軍団、一つはサルマンガルドの不死の軍勢、一つはゴブリンを主力とした低級の魔物の軍団。いずれも、指揮命令を受理して実行するような知能を持たない――そも、必要としていない――者たちによって構成されているのだ。
魔獣も、亡者も、ゴブリンも、皆ただ一つの至上命題に従い戦っている――即ち、ヒトを殺し、喰らい、奪いつくせという本能。
彼らはそんな本能が組み込まれ、刻み込まれた一つの機構であり、その機構にはサウリナは手出しはできないし、できたとしてもそれはその機構を害する結果にしかつながらない。
だから、サウリナに今できるのはただ戦況を見守り、必要に応じて後詰の兵たちを投入するか否かと思案することのみ。
「――いっそ私も戦場に出ようかしら。別にいいですよねぇ?」
そんな戯言を彼女が呟いたのとほとんど同時に、にわかに戦況が動いた。
今更ですが――しばらくの間、公募投稿用の作品を書くのにも手を回したいので、投稿が毎日から不定期になります。一応毎日投稿に準ずる頻度で投稿したいとは思っておりますので、ご承知おきください。




