Ep.7-71
「――レオンハルト卿! 前線が、前線の兵士たちが……!」
「分かってる。見ていましたから」
レイチェルは側に控える他国の将官たちからの言葉に短くそう答える。
本陣の中心、最前線までを一望できる小高い丘の上で軍議とは名ばかりの将官たちの単なる寄合が開かれていた。そんな中であのアコール城からの攻撃が放たれたのだった。
あの凄絶な閃光と、その後に広がった凄惨な光景に彼らは大いに動揺した。そして、彼らは口々に状況についてなんの生産性もない見解や戦況への講釈、批判を垂れ流し始める。
レイチェルはそんな彼らの言葉を、戦場を見つめながらどこか気だるげに聞き流し、適当な相槌を返していた。
確かに彼らの言い分も理解できた。自分たちが国から預かり、引き連れてきた兵士たちが一瞬にして、いともたやすく黒こげのヒトガタの炭へと変わり果てたのだから。その損失、喪失は甚大なものであることは想像に難くない。
あるいは、あれだけの遠距離からこれだけの威力の攻撃を繰り出すモルゴースに恐れをなしたのかもしれない。あの様子から見るに、おそらくモルゴースからすればこの本陣さえも、遠距離攻撃の射程の範囲内となる。一応本陣には聖教国の神聖術師たちが数十人規模で控えているため、あのくらいの攻撃ならば結界によって防ぎきることが出来るだろうけれど、彼らのうち心配性な幾人かはそれでも不安なようでしきりに空の様子を伺っていた。
「この戦力が大きく損なわれた状態で攻撃を続けるのはいかがなものか!」
「ここまでしておいて撤退せよと!?」
「それこそ敵につけ込まれる隙となる!」
「だが、このままではせっかく高揚した士気も――」
「どうするのだ、このままでは我らの命すら危うい」
「兵士たちをおとりにして我らだけでも撤退を」
「海岸線まで戻れば後戦艦で大陸まで帰るのはたやすい――」
この大損害を受けて、これからの戦況を脳裏に描き撤退か継戦か、激論を交わす将官たちがいる。その一方で、こそこそと陣所の隅の方で自己の保身を検討するものもいる――聞こえていないとでも思っているのだろうか。あるいは口を噤んだまま、呆然自失とする者、腹芸の方向性を決めようとしている者など様々だ。
だが、そのいずれの目線も戦場の前線で未だに戦っている兵士たちには向いていない。モルゴースの魔術に焼かれた亡骸には向いていない。
「――か弱く迷い惑いながら世を駆け抜けた子羊よ、いと尊き志を持って雄々しく戦った兵よ。その御魂が神の名の下に、安寧を与えられますよう」
レイチェルは戦場を見つめ、死した兵士たちを見つめながら胸元に揺れるロザリオに手を当てて、戦死者を送る教会の聖句を、詠うように口ずさみ、そして目を閉じ祈りをささげる。
それから、レイチェルは振り返り混沌を極める議場に声を響かせる。
「――貴君らの意見は承知した。そのうえで、この場の指揮を最高司令官たる猊下より仰せつかった身として全軍に指示する。撤退はしない、継戦せよ」




