Ep.7-69
「その、身体は……どうなっていますの……?」
「どう――だと? はは、お前の言った通り『つぎはぎ』だよ」
サルマンガルドは仮面の奥の目を細めて、自身の腕と身体を眺める。その目の輝きは、愛おしげにも忌々し気にも悲しげにも見えて複雑な色味を帯びていた。
それからサルマンガルドははだけたシャツのボタンを留めなおしながら、くつくつと笑う。
「不死、不死、不死。俗人はその言葉で以て、すばらしいものだと考えるがね。だが、彼らは考えたことはあるのかな。死が何なのか――不死とはいかなる死を克服した先のものなのか」
「貴方の身に帯びた呪い――それが克服した死は、『精神』の死ですか」
リリスがそう呟くように言うと、サルマンガルドはこくりと頷いてみせた。
何を言っているのか分からないというようなエリシアに向けて、リリスは古い記憶を諳んじるように語りだす。
「生命、存在を構成する要素――肉体、精神、霊魂。霊魂はもとより不滅とされていますが、精神と肉体はともに死という終わりを内包するものですわ」
「サルマンガルドが克服したのは精神と肉体ふたつの死のうち精神の方だけだってコト……?」
エリシアが口にした推測に応答することなく、リリスはちらとサルマンガルドの方を見やる。その答え合わせは、彼の口から語られるべきだと言わんばかりに。
そんな二人の視線に応えるようにサルマンガルドはにたりと笑う。
「その通りだとも。神は僕に肉体と精神双方の不死は与えなかった。肉体は老い、朽ち果て、腐り落ちていく。だというのに我が精神は消滅せず、摩耗し狂い果てることすらなかった。否、できなかった」
自虐的で皮肉っぽくて、それでいてとても悲しい声音だった。その声に、エリシアは思わず表情を凍らせる。サルマンガルドのその言葉に、これまでにないほどに自分たちと同じような人間らしさを感じてしまったから。心臓を掴まれたようなこの感覚に震えるエリシアをよそにサルマンガルドはさらに言葉を続ける。
「想像できるかな。生きたまま、自分の肉が腐り果てる鼻につく匂い。肉も皮膚も神経も蟲どもに食い進まれる感覚。肉や骨と同じように精神も侵され蝕まれているはずなのに、この精神は砕けることがない。だから、この地獄のような不快感はすべてすべて逃れることもできなかった」
「そんな……ことが」
サルマンガルドの言葉に、エリシアは震えるような声でそう零した。そんな彼女にサルマンガルドは口の端を吊り上げる。
「それがお前たちが天帝と仰ぐ神の所業というわけだ――まあ、尤も僕は既に死霊術の研究の中で、他者の肉体を活かして自らにつなげる技術を身に着けていたから、こうしてまだ辛うじてヒトのカタチを保っているのだがね」
そう言ってサルマンガルドはシャツの上に再びローブを羽織る。それから、ちらと背後を振り返る。彼の視線の先にはアコール城の大尖塔――魔王モルゴースの待ち受けている――が聳えていた。
「僕がこの呪いを忌み、不死を手放したいと願う理由は以上だ。そして、魔王モルゴースに従う理由は、あれが僕のこの願いをかなえるに足る力を有し、そして目的を同じくするものであると知るが故だ」
そう言ってサルマンガルドは目を細めた。




