Ep.7-62
「――あれって……どういうことなのかな、リリス」
エリシアは数歩後ずさりながら、背後に控えるリリスにそう問いかけた。目の前で起きたグロテスクで信じがたい現象に、表情を引きつらせる。
リリスもまた目の前のサルマンガルドの振る舞いに目を奪われていた。
そんな二人をよそにサルマンガルドはその場にかがみ込んで、先程屍の腕を切り落としたのと同じナイフを構える。その視線の先には、鎖の絡んだ自身の足があった。
「——ッ!? まさか……」
エリシアが驚きの声をあげるのとほとんど同時に、サルマンガルドはナイフを自らの足首に向けて躊躇いもなく振り下ろす。ざくざくと肉を叩き抉り、切り裂いていく音が辺りに響いた。サルマンガルドの力と血のこびりついたナイフでは、一刀の下に肉と骨を断ち切ることができなくて、何度も何度も彼はナイフを振り下ろす。
肉や皮膚片があたりに飛び散る。乾いた肉を叩き切りつける不快な音、そこに骨を砕く硬い音が加わり、辺りに響く音色の不快指数は極限に達し、エリシアとリリスは表情をひどく歪ませた。
サルマンガルドは散々にナイフを叩きつけて、ようやく足首を切り落とすと、ため息を吐いた。
「死体を解体するのは慣れているが、自分の身体を解体するのはやはり骨が折れる。しかも足首なんて、うまく力が入らん」
その表情と口ぶりからは、足首を断ち切ったことによる痛みなど微塵も感じられず、むしろ切り落とすために使った体力の方をこそ惜しむような感じすらあった。
それからサルマンガルドはその場に腰を下ろしたまま、絡みついた鎖から先の無くなった足をするりと抜くと、目の前に倒れ伏した自分が腕を切り落とした屍の足首を見遣る。
「ふん、腕は良かったが足は微妙だな。となると——」
サルマンガルドは仮面の奥の瞳をぎょろりと動かして、他の立ち尽くしたままの屍の群れを吟味する。それからそのうちの一人に視線を注ぎ、品定めするようにその足元を見てから、サルマンガルドは大きくナイフを振った。
足首を奪われた屍は、その場に倒れわずかに痙攣する。それを尻目にサルマンガルドは、その足首を自分の切断した足に押し付ける。
なめらかな切断面の屍の足首と、ズタズタのサルマンガルドの切り口だったが、彼が力を込めて押し付けると、それぞれの切断面の肉がにわかに増殖して二つを繋いだ。
「ふん。悪くない」
そう言うとサルマンガルドは立ち上がる。そして絶句したままのエリシアとリリスを見遣り、らしくもなく皮肉っぽい笑いを零した。
「何を驚いている。僕は死霊術師にして不死者——この程度のこと、驚くにも値するまい?」
肩をすくめるサルマンガルドに、リリスは声を震わせながら問いかける。
「貴方は……貴方は一体何者なのです……?」




