Ep.7-57
エリオスとナズグマールは表面上は笑みを浮かべてにこやかに相対しながら、互いに見つめ合っていた。
エリオスは全身の神経を研ぎ澄まし、ナズグマールの魔力の動きを警戒しながら。一方のナズグマールはまるで本当に来客をもてなすかのような笑みを浮かべて。
「それにしても意外でしたよ、エリオス様」
不意に名を呼ばれエリオスは怪訝そうに目を細める。ナズグマールは相変わらずにこにことしたまま、更に言葉を続ける。
「貴方の性格上、わざわざ私の相手のために貴方が残るとは思えませんでしたから」
「どういう意味かなそれ? 君が私の何を知っているというのかな」
エリオスは口元は笑顔を保ちつつも明らかに不機嫌そうにそう問い返す。そんな彼の反応にナズグマールは苦笑を漏らしながら、両の掌を掲げて宥めるような姿勢を見せる。
「いえいえいえいえ。深い意味などありません……が、強いて言えばそう言う所、ですかね。貴方はとても誇り高い性格でいらっしゃる。だからこそ、私がまるで見透かすようなこと言っていたく不機嫌になられた。私めの不遜な態度に屈辱を感じられたのでしょう、大変ご無礼をば」
「――そういう反応されるのもたいがい嫌いだけどね」
「ふふ。それはさておき、貴方様はその誇りを傷付けられれば大変お怒りになられる。そしてその屈辱を雪ぐことにかけては恐ろしいほどに苛烈で、そして執念深い」
エリオスの言葉を軽く流しながらナズグマールは訥々とそう並べ立てる。そんな彼の言葉にエリオスの表情から笑みが消えていた。その様子をどこか愉し気に見つめながら、ナズグマールは更にその笑みを深くする。
「私、貴方の存在を認知したときから大変興味を抱いておりまして、失礼ながらずっと貴方を調べさせていただいておりました。この行軍の最中の貴方の様子、そして大陸での貴方のこれまでの行いも」
「へえ――気持ち悪いね」
「御無礼は承知しておりますが、まあこれも敵に対する戦時の情報収集の一環とご容赦くださいませ。まあそれはそれとして、御身の彼の大陸での所業についても多少は知りえております。特に目を引くのはやはりあの大国レブランクを滅ぼしたことですかね」
その言葉にエリオスは目の端をひくつかせながら、ナズグマールを睨みつける。そんな彼の視線などお構いなしというように、ナズグマールはにこやかな笑みを浮かべたまま続ける。
「貴方を捕らえ、自国を増強しようとした愚かな王。そしてそれに遣わされた騎士たち。彼らが貴方の主人を傷付けたことを契機として、御身は単身――戦力外の少女はいましたが――レブランクに乗り込み、その魔術で王都の民の半数以上を殺害。果ては、王侯貴族たちを謀り民衆と貴族階層との断絶を産みだして、王国を崩壊に導いた。私が調べたところ、このような経緯だったかと思いますがお間違いありませんか?」
「まあ概ね。この短い期間で良く調べたものだ、そこはほめてあげる。それで、結局何を言いたいのかな」
エリオスは片眉を上げて恫喝するような声でそう問うた。しかしナズグマールはそれを気にも留めることなく笑う。しかし、その笑みには今までの爽やかさなどかき消すような、邪悪さが浮かんでいた。
「端的に言うのであればですね。あれだけ我が主に無様に負けられた貴方が、その屈辱を晴らせないままこんなところで私ごときの相手をしようとしていることが意外だということですよ」




