Ep.7-55
立ち尽くすようにして城とは別の方向を見つめるエリオスの姿に、ユーラリアもまた足を止めて振り返る。そんなユーラリアにエリオスは振り返ることもなく、視線を固定したまま口を開く。
「ねえユーラリア嬢? 我々は、何をおいてもいち早くモルゴースのところへとたどり着かなくてはならない。その魔の手が主戦場の雑兵諸君に向かわないように――そうだね?」
「……そう、ですね」
言い回しにわずかに不満を感じつつも、ユーラリアにはそれを議論する気まではないようで、眉間にしわを寄せながらも短く答えた。そんな彼女の答えにエリオスは満足げに笑うと、ゆったりと目を閉じる。
そんな彼の一連の振る舞いにシャールとともに困惑の表情を浮かべていたユーラリアだったが、ふと彼の視線の先の方を見た瞬間に、その表情が凍る。
そして、身体をわなわなと震わせてじっとその方角を睨みつけていた。
「――来るのですね。彼が」
「そう。だから私が一緒にいるのはここまでだ。君たちは先に進み、私は此処に残る。これが一番合理的だ」
エリオスとユーラリアの霞のような捉えどころのない会話にシャールは困惑する。
そんな彼女を顧みることなく、エリオスとユーラリアはちらと見合う。エリオスの表情には笑顔が、ユーラリアの表情には疑念、困惑、不安――そんな色々な感情が綯い交ぜになった複雑な色味の表情が浮かんでいた。
「――健闘を祈ります」
ユーラリアはそう言って、踵を返すと再び魔王の城に向かって歩み始める。そんなユーラリアとエリオスをかわるがわる見ながら自分がどうするべきなのかと混乱する。そんな彼女に向けて、エリオスはくすりと笑うと、シャールをぐいと自分のとなりに引き寄せてその耳元で囁く。
「君はユーラリア嬢に付いていって魔王の下へと急ぎたまえ。君たちを妨害する者はほとんどいないだろうから、すぐに辿り着くはずだ。いずれリリス嬢やエリシア、そして私も追いつくからね。それまでしっかりと場を繋いでおき給えよ」
「貴方は……貴方はどうするんですか……いったい誰が来るって」
困惑するシャールにエリオスはほんの少し困ったような表情を浮かべてから、にんまりと笑う。
「さあ、行きたまえ――それから、二十五秒後にちらりと振り返ってみるとよろしい。気になるのならね」
そう言うとエリオスはシャールの背中を突き飛ばすように押して駆け出させた。シャールはエリオスの方を心配そうに振り返りながらも、先を行くユーラリアの後を追った。胸の裡で数を数えながら。
ユーラリアに追いついて、ちょうど二十五を数え切ったところで、シャールはちらとエリオスの方を振り返る。
「――ッ! ァ……あああ!」
それを見た瞬間、シャールは思わず悲鳴にも似た声を小さく上げた。そして、先ほどユーラリアの表情が凍り付いた理由を瞬時に理解した。
先ほどまで自分がいたところ、そして今エリオスが一人立つところ。そこに迫るどす黒い魔力の塊をシャールは見た。
この世の不快と汚濁、混沌を寄せ集めたような禍々しさの権化のようなソレを。




