Ep.3-16
GWも残り二日ですか……
「当然、それ以上を私から奪われる覚悟はあるのだろうね?」
冷ややかな、それでいてどこか気色を孕んだ声だった。エリオスはまっすぐに相対するアリキーノたちを見つめている。対するアリキーノは、人質という絶対の切り札を失ったにもかかわらず、どこか余裕のある表情を浮かべている。
アリキーノはその爬虫類的な瞳でエリオスを見つめている。
「ふむふむ、なるほど。私は魔術は門外漢ですが、その在り様は……ええ、とてもいいですね。我が国の兵器として十分以上に活躍していただけそうです」
アリキーノはエリオスの脅し文句など気にも留めずに、ふむふむと頷きながらつま先から頭の天辺までじろじろと観察する。そんな彼の姿に、出鼻をくじかれたように、そして目いっぱいの不快感と嫌悪感を全面に表してエリオスは顔を顰める。そんな彼の顔がシャールにはどこか意外に思えた。
「――この期に及んでまだ私が君たちに臣従するとでも思っているのかい?」
「まあ、それが私の仕事ですからね。早々に諦めるわけにもいきますまい――私、仕事熱心なので」
そう言ってからアリキーノは、ゆるゆると首を横に振る。そしてさも残念そうな顔をして、肩をわざとらしく落として見せる。
「とはいえ、レディ・アリアという人質を取り返されてしまったのは手痛いですなぁ。お互いに円満に仕事を終わらせるための絶好の手段だったのですが――ああ、本当に残念ですねえ。ですがまだ『手段』は無いわけではないのですが――具体的には、二つほど」
そう言って、アリキーノは右手を前に突き出して指を二本立てて見せる。
「まず一つ目の手段を試しましょうか――エリオス・カルヴェリウス。貴方、わが国の貴族になる気はありませんか?」
「は?」
アリキーノの言葉に、床に座ったままのアリアが困惑の声を上げる。そんな彼女に目を向けることなく、アリキーノは更に言葉を続ける。
「ええ、ちょうど椅子の空いた領地と官職がございまして――ええ、具体的に言えば貴方が葬られたルカント第二王子殿下の後釜ということになりますが――そちらを貴方に差し上げようかと思いまして。待遇といたしましては、王国への軍事協力に掛かる俸給、領土における徴税権、および高位貴族としての特権的身分などなど――悪い条件ではないでしょう?」
「――へえ。ずいぶんと張り込んだものだね」
アリキーノの言葉にエリオスは微笑んで見せる。しかし、すぐにゆるゆると首を横に振った。拒絶の意を示したエリオスに、アリキーノは眉根を寄せて怪訝そうな表情を浮かべる。
「なぜです? こういっては何ですが、これは破格の条件ですよ? 王子の遺領を継ぐというコトは、侯爵以上の爵位は約束されたも同然! それも、大陸最強国家であるレブランク王国の爵位ですよ? 小国の王以上の力が与えられるというのに――なぜ?」
「はは、確かに素晴らしい待遇だ。だけど何か勘違いしているようだ。たとえ支配的階級にあったとしても、所詮貴族とは王に仕えるモノ――」
くつくつと笑いながら、エリオスはそう言ってちらと背後で座り込んでいるアリアに目を遣る。
「私は二君に仕える気はないのさ。悪役としても、それくらいの矜持はある」
そう言いながらエリオスは、茶目っ気たっぷりにアリアに笑いかけた。アリアは、「どの口が言うんだか」と悪態をつきながらそっぽを向く。そんな彼女の対応に肩を竦めつつ、エリオスは再びアリキーノたちに向き直り、にやりと笑う。
「なにより、そんなモノが欲しいなら――君たちの国を滅ぼした方が早い、そうは思わないかい?」




