Ep.7-48
「――ッ!」
ユーラリアの鋭い言葉と、静かながらに圧を込めた剣幕に流石のエリオスも思わず息を呑む。
彼女は小さくため息を漏らすと、いつのまにやらぬいていた聖剣を鞘に納める。それと同時に、エリオスを縛めていた鎖もまた、光の粒子となって霧散する。
エリオスは小さく舌打ちをしながら立ち上がる。倒れた際に外套についた土ぼこりを払うと、ユーラリアを睨むように見下ろす。ユーラリアもまた、そんな彼を見つめ返す。
「――ふん。確かにそうね、今回は私の浅慮だったよ」
そう言ってエリオスは軽く頭を下げる。
そんなエリオスの態度を見てユーラリアは満足げにうなずくと、サルマンガルドの方を見遣る。
「さて、せっかくお出ましいただいて恐縮ですが――サルマンガルド卿、我々としては貴方にかかずらっている暇はないのです」
「……なんだと?」
ユーラリアの言葉にサルマンガルドはわずかに不服そうな色を帯びた声を零す。そんな彼に、ユーラリアはさらに続ける。
「ですから、貴方のような小者を相手にしている時間的余裕は我々にはないのですよ。サルマンガルド」
その言葉にサルマンガルドは思わず絶句する。きっと彼にまともな顔があるのなら、目を丸くしているに違いない。そしてそれからゆるゆると首を振る。
「……安い挑発はよすことだな。僕はそこの少年のように頭に上るほどの血が無いのだからね」
「貴方もそんな冗談をおっしゃるんですね。でも、挑発や冗談ではなく、本気でそう思っていますよサルマンガルド。死霊術師にして自身もまた輪廻の道を外れた不死者たる魔人よ」
そう言ってユーラリアは聖剣を再び抜き放ち、その切っ先を天へと向ける。
それと同時に、彼女の背後から百は下らないであろう数の鎖が、その先端の楔をまるで鎌首もたげる蛇のようにしながら発生する。
その様子を驚いたように見上げるシャールの方をユーラリアはちらと見てほほ笑んだ。
そして次の瞬間、彼女が聖剣の切っ先をサルマンガルドに向けて振り下ろす。それと同時に、大量の鎖はサルマンガルドに向かって一斉に襲い掛かる。
「――ふん。芸の無い」
サルマンガルドはそう零すと、その手を前へと突き出す。
目前に迫る鎖を何とも思わないかのように緩慢に、ゆったりと。
「壁よ」
サルマンガルドがそう口にしたのと同時に、ユーラリアの鎖たちがサルマンガルドに直撃――したかに思われた。
「――ッ!」
思わずシャールは息を呑む。ユーラリアの放った鎖たちが、一糸乱れることなく一直線に揃ってサルマンガルドに襲い掛かったはずの鎖たちがサルマンガルドの掌の前に弾かれて力なく宙を舞う。それはまるで太い綱が唐突にか細い糸へと解けていったかのような有様だった。
しかし、それすら予想していたかのようにユーラリアはサルマンガルドに向けていた剣を横一文字に薙ぐように払う。
その瞬間、力を失って空を舞っていた鎖たちに再び指向性と力が戻ったかのように動き始める。
鎖は今度はサルマンガルドの周囲を旋回するように舞い始める。それはまるで竜巻のようで、その中心に立つサルマンガルドの姿はみるみるうちに白金の暴風に飲み込まれる。
「今のうちに行きますよ! シャール、エリオス!」
ユーラリアはそう言って駆け出した。




