Ep.7-45
シャールたちの進路に立ちはだかるように、何処から現れたのかフードを目深に被った人影がひとつ、街路の真ん中に立っていた。
まるで影からずるりとはい出てきたようなその姿を見て、ユーラリアは目を細める。
「――サルマンガルド」
「ごきげんよう最高巫司。以前は挨拶もせずに失礼したね」
反省の色も謝罪の意思も感じられない平坦な声で、フードの怪人サルマンガルドはそう答えた。
死霊術師と聞いていたから、しわがれた老人のような声かひどく不気味な声がするものだと思っていたが、驚いたことにその声質にはハリがあってやや高く、まるで生きた青年のような声だった。しかし、その口調自体にはまるで感情が感じられず、そのアンバランスさが不気味な印象を与えていた。
全身がすっぽりとマントに包まれてその体つきや表情をうかがい知ることはできないが、風上に立つ彼の身体や被服からは乾いた土の匂いが流れてくる。
そんなサルマンガルドを見ながら、エリオスは辺りをちらと見渡す。それから怪訝な顔で問いかける。
「なんのつもりで君、こんなところに出向いてきたのかな?」
「……随分な云いようだな。エリオス・カルヴェリウス」
「死霊術師が下僕も連れずに敵の目の前に姿を現すなんて、舐めてるのかなって言ってるんだよ。魔術全般に秀でているのも知ってはいるけど、それはこの人数の差をひっくり返せるほどなのかな? それとも聖剣使いたちに嬲られるのがお望み?」
「……ん」
エリオスの言葉にサルマンガルドは何とも言えない反応を返す。彼の言葉を聞いていたのかすら定かならぬその返答に流石のエリオスも調子を狂わされたように、不愉快そうな表情を浮かべる。そんな彼に気を払うでもなくサルマンガルドはその場で考え込むように見えない口元に手を当てる。
その手は、生気のある声の質とは裏腹にまるで枯れ木のように細く黒ずんでいた。
それからサルマンガルドは何かに気が付いたように「ああ」と短く吐息を漏らすような声を出すと、喉の奥で押し殺すような笑い声をあげた。それすらも、どこか感情のない「声」というよりも「音」という概念にあてはめるべきものだった。
サルマンガルドはひとしきり笑い声のようなものを零れ落とすと、口元に当てていた手をゆっくりと前へと差し出す。
「――ッ!」
その瞬間、エリオスは何かを感じ取ったように目の前の空間を大きく右手で振り抜くようにして切り裂く。それと同時に空間の暗い切れ目が生じる。
エリオスが何に焦り、この『怠惰』の権能を使ったのか。それはシャールにだって理解できた。『怠惰』の切れ目に視界が覆われる寸前、彼女は見てしまった。
差し伸ばされたサルマンガルドの手の先に凝結し、音を立てて空間を軋ませるほどに集束する魔力の渦を。
「――極光よ」
サルマンガルドの幽かな声が響いた瞬間、虹色に光る極光が解き放たれた。
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