Ep.7-44
シャールたち五人は閉め切られた城門を背に、魔の都メルグバンドの中を、その中心に聳えるアコール城に向けて進んでいた。敵の本陣真っ只中という状況に逸る気持ちや、外の兵士たちの奮戦ぶりを思うと、城まで一気に駆け抜けていきたい気持ちが募る。しかし、どこに罠が仕掛けられているか、どこに敵の刺客が潜んでいるか分からない状況で、迂闊なことは出来ないのも事実。
結果として、彼らは確実に前へと進むために走るのではなく歩いて進むことを選択していた。
「――すごい」
そんな若干の余裕がある行軍となったシャールは、周囲の警戒の意味もかねて辺りを見渡していた。そして思わず感嘆の息を漏らす。
彼女の目を輝かせたのは、メルグバンドの街並みの壮麗さだった。
事前に得ていた情報からすればシャールたちが今現在歩いているのは、一般市民クラスの居住区にあたる部分だろう。しかし、その様相はこれまでシャールが見てきたどんな街とも違っていた。
恐らく住宅であろう建物は、レブランクや聖教国にある家々とはまったく形が違う。こじんまりとした一軒家や粗末な長屋が並んでいるような彼女の知っている国々のそれとは違っていて、高層の――すくなくとも三階以上の――共同住宅のような建物が、整然と並んでいる。
その壁面も美しく磨き上げられた大理石と、透明なガラスで構成されている。ガラスの透明さや大理石の研磨技術は凄まじく、これほど優れたものをシャールは王城や神殿などでしか見たことがない。
それほどまでの技術が、一般市民階層の住宅にまで施されていることにシャールは純粋な驚きを感じていた。
魔王の支配する魔物と魔人の国であるメルグバンド。シャールはそこにどこか薄暗く荒廃した不清潔な街であるというイメージを抱いていた。血の匂いが漂い、煤や埃に塗れ、荒屋に灯りだけが灯るような街並みを想像していた。
だが、実際にはそんなイメージは全くの誤りで、街の舗装路面には汚れもほとんどなく、当然血の跡や肉片などが落ちているようなこともない。道の両脇に聳える高層の共同住宅も清潔にして洗練されたデザインで、どこか近未来的な印象をシャールに与える。
また、街の至る所に流れる水路の水も濁りはなく、底まで透けて見える。生活用水としても、飲み水としてもそのまま使えそうに見えた。
シャールはそれまで自分が抱いていた勝手な想像を恥じた。魔物の国であるからと、どこか無意識的にその文化を軽んじていたのかもしれない。
この街は間違いなく、シャールが今まで見てきたどんな都市よりも発展していた。このレベルの街並みはそれこそレブランクの王都マルボルジェの貴族階級の居住区や聖教国の教会組織の建物が並ぶ地区くらいでしかお目にかかれない——尤も、それらの地区の街並みは、この街並みとはまったくもって趣が異なるのだが。
感嘆しているのはどうやらシャールだけでなく、エリシアやリリス、はてはユーラリアさえもその表情に驚きを滲ませていた。
「……魔物たちの技術というのは、随分と凄いのですわね。まさかここまで……その、美しいなんて」
リリスは躊躇いがちな声で、辺りを見渡しながらそう零した。
「——そう思うか。我が主人が喜びそうな言葉だ」
リリスの言葉に応えるように、聞き慣れない声が響いた。その声に弾かれたようにシャールたちは一斉に声のした方へと視線を向ける。
そこにはまぶかにフードを被った人影がひとつ、立っていた。




