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Ep.7-38

「――ただいま諸君」


『暴食』の権能で襲い掛かってきた魔獣たちを平らげたエリオスは、まるで満腹とでも言うかのように下腹部をさすりながら、舌なめずりをする。

そんな彼の姿にシャールは再び、空を見上げる。先ほどまでこの戦場に一瞬影を落としていたソレの正体を確かめるために。

大きく翼を広げて城壁の方へと向かう巨影――黒龍アルカラゴスの姿を。

唖然とした表情を浮かべるシャールに向けて、エリオスはにんまりと笑いかける。


「いやあ残念。あの龍、食べ損ねちゃった」


そう言ってエリオスは、ウインクして見せる。

そんな彼の姿に、ユーラリアやエリシアも驚いて唖然とした表情を浮かべる。


「か、勝ったのですか……アルカラゴスに……一人で?」


「まあ、勝ち。ではあるかな。尤も、あの龍からすれば生きている限り自分の勝ちって思われてるかもだけどね」


戯言を並べてくすくすと笑うエリオスの表情に、ユーラリアは脱力した様な笑みを浮かべる。

そんな彼の姿――傷一つ、汚れ一つない彼の姿にシャールはわずかな違和感を覚えた。あのアルカラゴス相手に、一切の無傷で勝利したというのだろうか。

しかし、そんな疑問に浸る時間はシャールには与えられていなかった。

アルカラゴスの敗北と、敵軍に強大な力が加わったことを直感した魔王軍の尖兵たちは、一気に攻撃を激しくしはじめる。ユーラリアもエリシアもリリスも、当然シャールも魔物たちの猛攻が始まったことで、彼との会話や状況分析を中断せざるを得なくなる。

そんな中、当然エリオスにも魔物や魔人たちは襲い掛かって来るが、彼はその一切に視線すらくれてやることなく、指を鳴らして展開した『暴食』の権能に全てを食い荒らさせながら後方をぼんやりと見ていた。


「ちょうどいい、そろそろ次の段階に駒を進めようじゃないか」


エリオスが後方を見ながらそう呟いたのを聞いて、シャールは一瞬のすきを見て彼と同じ方向に視線を向ける。

彼女の目に映ったのは百を超える風に靡く旗印たち。そしてその下には何万という軍勢が集い、統率の下に大波のように押し寄せてくる。ついに聖教国軍の本隊がここまで到達したのだ。

鬨の声を上げながら、押し寄せた兵士たちは手に持った槍や弓、剣で魔王軍に向けて攻撃を開始する。

シャールやユーラリアたちに襲い掛かっていた魔物たちも、彼らの手によって次々に討ち取られていく。


「――ッ」


合流した兵士たちの眼は闘志に燃えていた。最後に本陣で見た、モルゴースの残忍さに恐れをなしていた震える瞳ではない。敗北の匂いに戦う意思を挫かれ逃亡や自決を望むような挙動不審の眼ではない。絶望的な死の予感に打ちひしがれた死んだ目ではない。

彼らの目には戦う意思が、勝利を掴まんとする気迫が、生存を望む欲求が満ち溢れ、それが彼らに武器を握らせ前へ前へと進ませていた。

そんな彼らの変わりように、シャールは思わず息を呑んだ。

これほどまでに人は変われるものなのか、人は人を変えられるものなのか。

今まで豹変する人々を多く見てきた――レブランクで残忍に王侯貴族を殺し尽くした市民たち、ディーテ村で自分を裏切り者と謗ったかつての隣人たち。人間は簡単に変わるものだと知っていたけれど、それが良い方向に働くこともあるのだとシャールは初めて知った気がして、目の端に涙がにじんだ。

戦況は大きく動き始めた。

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