Ep.3-14
「う、あ――」
どさりという音とともに、四肢を鎖に繋がれたアリアが広間の床に倒れ伏した。シャールもまた、両手を後ろ手に縛られ、床に転がされている。
二人とも、満身創痍という言葉がこれ以上にないほどふさわしい、ひどい姿だった。
「――まったく、期待してなどいませんでしたが、一言も口を聞かないなんて。頑固なものですねえ、それほどまでにエリオス・カルヴェリウスが大切なのですか? レディ・アリア」
「け、ほ―――ふふ、別にそんなんじゃないわよ。邪推はやめなさい、子爵サマ」
薄紅の唇の端からは真っ赤な血が流れ、艶やかだった青い髪は土ぼこりにまみれて乱れ、服もズタズタ。裂けた服の切れ目から覗いた白い肌には、ところどころ真っ赤な血の華が咲いている。そんな有様だというのに、アリアは先ほどまでの態度を崩さないままに口を開いた。
「ですが、それは主人の下僕に対する態度には見えません」
「ふん、アイツが勝手に私のことを『ご主人様』って言ってるだけで、私とアイツはアンタたちの言う主従とは根本的に違うモノよ」
「ほう、それはそれは。麗しい話ですな」
「勝手に想像して盛り上がるんじゃないわよ。それにね、アンタには私がアイツのコトを庇ってるように見えるのかもしれないけど――もしかしたら、弱点なんて無かったりして。くく」
喉の奥で笑うアリアを見下ろしながら、アリキーノはちらと兵士の一人に目配せする。
目配せされた兵士は、横たわったアリアを思い切り足を振り切って蹴り飛ばす。アリアの軽い身体は毬のように転がって広間の壁にぶつかって止まった。
アリキーノは深々とため息を吐いて、ゆるゆると首を横に振る。
「まったく埒が明かないですねえ。エリオス・カルヴェリウスも一向に現れませんし、もしかして彼、本当に貴女方を見捨てて逃げたのでは? だとしたら、我が王はずいぶんと失望なされてしまうなあ」
「――アイツは、逃げたりなんてしない」
「全く麗しい信頼関係ですねえ。ずいぶんと一方的なようですが」
「信頼――? あは、ホントにエグイ趣味の割に思考はお花畑なのね。私はアイツが『そういう風に動くモノ』だと認識していて、そう言う風に認識して理解している自分に自信を持ってるだけのこと」
「―――やれやれ、どこからそんな認識が生まれてくるのだか」
呆れたような表情を浮かべたアリキーノに、くつくつと皮肉っぽい笑みを浮かべるアリア。状況は絶体絶命――だというのに、その表情はとても楽しそうで。まるでその笑みは、子供が自分のおもちゃを自慢するかのようにどこか誇らしげだ。
「だって‥‥‥アイツは私の司るモノを――ヒトを蝕む原初の呪いを‥‥‥踏破した男」
アリアは何を言っているのだろう。「司る」、「原初の呪い」、「踏破」? 彼女の口にする言葉の意味が何一つ分からない。それは、どうやらアリキーノにとっても同じようで、眉根を潜めながらアリアが口を動かすさまを冷ややかに見ている。
「壊れましたか」
―――どこかうわ言じみた、夢でも見ているようなアリアの表情。アリキーノのは、そんな彼女を見てため息を吐いてそう零した。どこか落胆したような表情のアリキーノなど、もはや眼中にないかのように、自分の夢に浸るかのようにアリアは絶え絶えに音を零し続ける。
「生まれてからついた‥‥‥染みに過ぎないモノが――」
「エリオス・カルヴェリウスをおびき出すために、四肢を少しずつ削いでみましょうか」
口元に手を当てながら、アリキーノは考え込む。彼のその恐ろしい言葉すらアリアの耳には届いていないようで、彼女の言葉は続く。
「アイツを‥‥‥アンタを、縛り続けられる‥‥‥わけが、無いのよ‥‥‥」
「彼女の絶叫が館に響けば、少しは彼の心を揺さぶることもできましょう」
アリキーノが兵士たちに目配せすると、数人の兵士が剣を抜いてアリアに近づいていく。「やめて」と叫ぼうとしたシャールも、近くの兵士に背中を思い切り踏みつけられて、声すら発することが出来ない。兵士たちの剣が迫る――それなのに、アリアは変わらず笑っていた。
剣がアリアのむき出しになった腕に向けて振り下ろされる瞬間――彼女は短く言葉を紡ぐ。
「ねえ、そうでしょ――エリオス」
「――ああ、そうとも。そうだともさ、マイフェアレディ」
その瞬間、アリアを黒い風が包んだ。近づいていた兵士たちは一人残らず吹き飛ばされて壁に叩きつけられる。
「――ッ!」
アリキーノの顔に初めて緊張が走る。
その視線の先、黒い風が消えた後そこには彼が立っていた。




