Ep.7-29
「――アルカラゴス!」
シャールは大地に黒々とした影を落とす黒龍の姿を見て叫んだ。その声に応えるかのように、アルカラゴスは一声大きな咆哮をあげると、それと同時にその全身を震わせる。
「――ッ!」
あの動きは見たことがある——全身を震わせ、大気を震わせて。その総身から放たれる強烈な、軍艦すら砕く衝撃波。あれをくらって崩壊した艦を、そこから海へと落ちていく人々を、シャールはありありと思い出せる。思い出してしまう。それ故に、シャールの身体は硬直した。
一方、全身の鱗を蠢動させるアルカラゴスの姿を見て、ユーラリアは舌打ちをする。
彼女はまず、こちらに向かってきていた聖教国軍の兵士たちの一団を見遣る。彼らは、先頭を走るザロアスタの指示により、その場に停止して防御体制をとっていた。あの距離ならば、衝撃波を感じることはあっても致命的なダメージを負うことはあるまい。
それを確認すると、ユーラリアちらとエリオスの方を見遣た。そして、悠然とした笑みを浮かべてあざとく小首を傾げてみせる。
その視線の意図を理解したように、エリオスはやれやれと言わんばかりに被りを振ると、軽く手招きする。
「恩に着ますわ、エリオス・カルヴェリウス」
そう言ってユーラリアは素早く身を翻すと、エリオスの背中の影へと回り込み隠れる。
「本当に思っているのかな、それ?」
エリオスは愚痴っぽくそう言うと、ちらとほかの二人を見遣る。そして一瞬嫌な顔を浮かべたが、すぐに口を開く。
「――シャール、君もおいで」
シャールはエリオスのその言葉に応じて、ユーラリアと同じくその背後へと回る。悔しいけれど、今のシャールにはあのアルカラゴスの放つ衝撃を受け止める膂力も、それから身を守る手段もない。
エリオスは自分の背後にいる二人を見てから、ちらとリリスを見る。リリスは彼の視線に気がつくと、小さく鼻を鳴らす。
「心配せずとも私には、自分の身一つくらい守る手段はいくらでもありますわ」
「だろうね。悪いがこっちもじゃじゃ馬二人で定員オーバーなんでね」
そう言うとエリオスはその右手を高く天に掲げ、手刀を作る。そして目を閉じると、歌い上げるように呪言を紡ぐ。
「『我が示すは大罪の一踏破するは怠惰の罪』!」
目を開き、今にも極大の衝撃波を放とうとするアルカラゴスを睨みながら、天に掲げた手刀を足元まで一気に振り下ろし、そして謳う。
「――『私の罪は全てを屠る』!」
その瞬間、手刀の軌道を裂け目として彼らの目の前の空間がぱっくりと割れて、黒々とした口を開ける。
アルカラゴスの全身から衝撃波が放たれたのは彼の権能の展開とほとんど同時だった。
アルカラゴスの総身から放たれた衝撃波は、まるで世界そのものが軋むかのような凄まじい、鼓膜を引き裂かんばかりの不協和音を響かせて周囲の全てへと叩きつけられる。
シャールはその音に思わず目を閉じて、耳を塞ぐ。
数秒後、目を開き辺りを見渡した彼女は絶句する。
「——地面が……砕けて……?」




