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Ep.7-26

レイチェルは万感の思いを込めて、謳い上げるように叫ぶ。その声に、一般の兵士たちから騎士、そして将官たちまでもが静かに聞き入る。

この沈黙は自分にとって望ましいものなのか——確信的な判断はつかないけれど、レイチェルの中にはどこか根拠のない自信が浮かんでいた。自分らしくもない、そう思いながらも。

しかし、一方でこうも感じていた。

まだだと。あと一歩、あと一押しが足りていないとも感じていた。

レイチェルは聖剣に手を当てて、ほんの少しだけ口を閉じる。こうすると、頭の中でぐるぐると巡る思考が少しずつクリアになっていく。


「——諸君。我が誇るべき戦士諸君。我が主人たる最高巫司が頼りとした敬愛すべき戦友諸君」


レイチェルはゆったりと、感情を落ち着かせながら兵士たちに呼びかける。その声は穏やかな春の風のように陣中に響いた。しかし、不意に声の調子は変わる。


「出陣の前、神殿で諸君らを前に演説をした最高巫司猊下の姿を、言葉を覚えているだろうか。彼女は我らを、貴君らを頼みとしたのだ。信頼し、背中を預けたのだ。そんな彼女の信頼に背を向けて、我らは何に成り果てるというのだろう——」


その言葉は兵士たちだけにではなく、自分自身にも語り聞かせる言葉だった。

ユーラリアが戦場に出ること、それ自体は今だって納得していない。最後には送り出したけれど、引き止めたい気持ちの方が勝っていた。

戦場に出た彼女に一切関わらない、手助けもしない——そんな選択肢だって脳裏には浮かんだ。それは自分の意見を取りあってくれなかったユーラリアへの怒りや恨みからではなく、ただ恐ろしかったからだ。

彼女の進撃を遠くからでも手助けしてしまえば、本当に彼女を自分の手も目も届かないところへ送り届けてしまうことになる。引き返せたはずの彼女を、引き返しようのない死の淵へと誘い込んでしまうことになるかもしれないのだ。

レイチェルには、それがひどく恐ろしいことに思えた。だから――彼女に一度、背を向けようとした。

それでも、引き返したのは。結局彼女を送り出したのは。そして、今こうして彼女のために兵士たちを鼓舞しようとしているのは。


「一体、何に成り果てるというのだろう。彼女に背を向けてしまった私は……あの彼女の瞳から目を背けた私は」


意図せずに言葉が零れた。

一度彼女の眼の前を去ったときのユーラリアの目が、今でもレイチェルの脳裏に焼き付いて離れない。見たこともないほどに悲しそうで、こんな表情を彼女はするのかと驚きすら感じた。まるで雨に濡れる子猫のような、心細げな顔。

彼女にあんな顔をさせて、自分はいったい何がしたいのだろう。そう思ってしまった。

レイチェルは唇を噛み、剣を高く掲げる。


「諸君、私は戦う。最高巫司猊下の――強くて、賢くて、高貴で、それでいてか弱いあの少女のために戦う。では諸君は? 一人戦う少女に背を向けての逃亡を望むか、完膚なきまでの敗北を望むか、名誉も尊厳もない惨たらしい死を望むか、我らの希望が砕け散るのをただ眺めるのを望むか。 諸君が望むのならば止めはしない」


煽り立てるように言葉を並べる。耳を傾ける兵士たちを、そして自分自身を。


「だが――もし貴君らが生存を望むというのなら、栄光を望むというのなら、勝利を望むというのなら! 剣をとれ、盾を構えよ。友を見ろ、敵を睨め。すべてはその先にあるのだ!」


レイチェルは叫ぶ。その言葉に、耳を傾けていた兵士たちが、魔術師たちが、騎士たちが吼えた。鬨の声が暗黒大陸の大地を揺らした。聖教国軍の進撃が始まった瞬間だった。

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