Ep.7-24
ちょうどモルゴースとユーラリアが、一進一退の攻防を繰り返している頃。聖教国軍の陣では、兵士たちが陣の最前に集まってその戦いぶりを見つめていた。
「げ、猊下が……御自ら……」
「敵の大将と一騎討ち……だと……?」
聖教国の軍勢全体に動揺が広がる。
総大将自らが打って出るという戦争の定石以前に常識的にあり得ないこの事態に、歴戦の兵士たちであっても眉を顰め、あるいは混乱をきたしていた。中には、それほどまでに自軍は追い詰められているのだと考えて、後ずさる者さえ現れる。そんな中――
『――全軍に通達』
声が響いた。凛然とした声だった。
同じ声は、聖教国側の四つの陣で同時に流れた。その声が一体何なのか、味方のものなのか或いは敵軍による干渉か。混乱する中、更に声は響く。
『私は聖教国の神殿騎士団長、レイチェル・レオンハルトである』
声の主、レイチェルはユーラリアのいなくなった本陣のテント、そのそばに建てられた櫓の上から戦場を見つめていた。そばに控える聖教会の魔術師が、彼女の言葉を拡声し、各拠点の魔術師たちと連携して音声を流していた。
本来であれば、これは各陣の首脳たちの間で、連携を強化するための秘匿回線として使うつもりだった新しい魔術だったが、レイチェルはこれを自軍全体へと語りかけるための手段として採用した。
聖教国軍の兵士たちは、その声にいっとき騒めきを止めて耳を澄ます。
レイチェルはそんな陣全体の空気を感じ取りながら、ゆっくりと口を開く。
「皆、見えているだろう。あの恐ろしい魔王と戦っている戦乙女の姿が。正義と戒律の神の名を受けた聖剣を振るい、敢然と命を懸けて戦う少女の姿が」
レイチェルは遠く平原の中心で黒い光の結界の中で戦うユーラリアを見ながら言葉を紡ぐ。溢れ出しそうな、狂おしいほどの感情は、表に出すことなく燃料として焚べて、慎重に選びつむぐ言葉に熱として載せるのだ。
「皆にはどう見える——あの方の、最高巫司猊下の戦う姿が、卿らの瞳にはどう映る。美しいと見る者もいるだろう、勇ましいと讃える者もいるだろう。蛮勇と眉を顰める者もいるだろう、危険だと危機を覚える者もいるだろう。一番に浮かぶ感情は皆、それぞれに異なることだろう。私はその全てに同意する」
淡々とした言葉の運び、その中に盛り込む繰り返しの表現。そしてその合間合間の呼吸と沈黙。レイチェルが今脳裏で思い描くのは、ずっとそばで見てきた主人の立ち居振る舞い。
人の前に立ち、人の上に立ち、その言葉で人を奮い立たせ、或いは畏怖させてきたあの少女の振る舞い。
記憶の中に投影されたその姿を、言葉運びを、レイチェルは今再演していた。
否、再演と言うと語弊があろう。
レイチェルは拳を強く握りしめる。歯を食いしばり、深く深く息を吸う。
「この場から戦場を眺め、彼女の戦いぶりを見る。その視点からは、多くの者がそれぞれに異なる感慨を抱くだろう——だが、同時に皆が同じ感慨を持つ視点も存在する。少なくとも私はそう思って今言葉を紡いでいる。どうだろう、皆は思わないか?」
レイチェルはそこまで言うと、言葉を止めて息を吸う。そしてそれを吐き出すと同時に押さえつけていた胸の内の滾るような熱を一気に言葉に乗せる。
「自分は今、何故剣も握らず立ち尽くしているのだ——と」




