Ep.7-21
「せいぜいお互いに自軍の兵士たちを魅了してあげましょう?」
そう言って嫣然と微笑んだ瞬間、ユーラリアは身体を深く沈めたかと思うと、地面を強く蹴り込み刹那に魔王に接近し、魔王に向けて聖剣を振り抜く。モルゴースは彼女の突如の攻勢に不審げな表情を浮かべながらも、口の端には笑みを浮かべたまま自身の聖剣で彼女の一撃を受け止める。
魔王であるモルゴースと所詮は人間の少女にすぎないユーラリア。たとえ聖剣の魔力による筋力のブーストを得ていて、さらにそれに身体強化の魔術を上乗せしていたとしても、モルゴースもそれと全く同じことが出来るのだ。
互いに腕力の強化のために、全く同じカードを切り続ければ、最終的にはそれは生まれ持った身体能力による力比べとなるだけ。腕力勝負となるつばぜり合いに持ち込んでしまえば、ユーラリアがモルゴースに太刀打ちが出来るはずもない。
自身も身体強化の魔術を施しながら、モルゴースはそう思っていた。
確かに先ほどの一撃は彼女のものとは思えないほどに重かった。だが、それは自身の油断と彼女の不意打ちが原因でそう感じたに違いない。こうしてこちらも土台を整えてしまえば、こちらの優位は変わらない。
ユーラリアの意図は読めないながらにモルゴースが余裕を持っていたのはそれが理由だった。しかし、その余裕の笑みはすぐに掻き消えることになる。
モルゴースの聖剣が高く弧を描きながら、その背後へと弾き飛ばされた。
「――は?」
モルゴースは一瞬何が起こったのか分からなかった。
感じられるのは聖剣を握っていたはずの手に響く痺れと、胸元に感じる焼け付くような痛み。
反射的に、本能に任せるようにしてモルゴースは飛び退いて、弾き飛ばされた自身の聖剣を掴む。
そこでようやくモルゴースは、自身が目の前の少女に聖剣を弾き飛ばされ、そのまま斬りつけられたのだということを理解する。
焼け付くような痛みはすぐに気にならなくなったが、してやられた口惜しさが熾火のように燻る。
そんなモルゴースに間髪を与えることなく、ユーラリアはまたしても瞬時に距離を詰めて、攻撃を繰り出し続ける。モルゴースの構えの間隙を縫い、そして突くような聖剣による剣戟の嵐。モルゴースは想像以上の速さのユーラリアの攻撃をなんとか捌いているが、明らかに防戦一方となっていた。
ときおり見せるユーラリアの隙に攻撃をねじ込もうとするも、それは彼女が自身の周囲に展開させている権能の鎖によって悉く打ち払われ、からめとられる。
鎖による迎撃と剣戟の嵐――攻撃こそ最大の防御という言葉をこれ以上ないほどに体現するユーラリアの戦いぶりに、モルゴースは流石に焦りを見せる。しかし、それでも魔王は冷静だった。
モルゴースは襲い来るユーラリアの剣戟に対して、腕に渾身の力を込めて聖剣を振り下ろす。ユーラリアも魔王のその一撃を警戒するように足に力を込めて、体勢を崩さないよう地面を強く踏みしめる。
聖剣がぶつかり合う。鋭く大地さえ揺さぶるような金属音が鳴り響いた。
その瞬間、生まれた反動を利用してモルゴースは大きく背後へと飛び退きユーラリアから距離をとる。
対するユーラリアは地面を踏みしめていたのと、反動の大きさのせいですぐにはモルゴースを追うことはできなかった。
そんな中、わずかに余裕を取り戻したモルゴースは顎に手を当てて、ユーラリアを見つめる。
「なるほどのう――其方の尋常ならざる力の秘密、ようやく判ったわ」




