Ep.7-19
地面から伸び出た鎖に拘束されたモルゴースは、接近するユーラリアを睨みつつ身を捩り脱出を試みるが、鎖は一向に緩まることなく、逆にぎりぎりとモルゴースの身体に食い込んでいく。
鎖の締め上げる力によって、服は破け、皮膚は擦れて血が滲み、骨が軋む音を上げる。そんな状態にありながらモルゴースの表情には焦りはなかった。むしろ、自身を拘束する鎖の感触を確かめながら、感心したように迫るユーラリアを見つめていた。
そんなモルゴースの姿に何かを感じ取ったのか、ユーラリアは魔王へと歩み寄る足を止めて、その場に立ち止まる。そして左腕をモルゴースに向けて突き出す。
すると彼女の左腕に巻き付いていた幾本もの鎖が蛇のように鎌首をもたげて、杭のような先端の照準をモルゴースへと合わせる。そんなユーラリアの姿を見て、モルゴースはくすりと笑う。
「なんだ——臆したのか? 王手などと言っていたのに?」
その言葉にユーラリアの表情が僅かに歪む。
次の瞬間、彼女が突き出した手を振り下ろすと、鎖は真っ直ぐにモルゴースに向けて空を駆ける。
いく筋もの鎖がモルゴースの身体を掠め、その皮膚と肉を抉り取り血を噴出させる。しかしモルゴースは涼しい顔だ。
最後の一本、その杭の先端がモルゴースの眉間へと迫る。
「——ふん」
モルゴースはその鎖を睨みつける。その瞬間、モルゴースの頭蓋を貫かんと迫っていた鎖が弾かれ、力を失い宙を舞う。その光景にユーラリアは特に驚くでもなく、口惜しそうに唇を噛む。
「——流石にそうやすやすと取らせてはくれませんか」
「もちろんだとも。こちとら王なのだからな。さて、そろそろこの縛鎖もうっとうしくなってきた頃合いだ——抜けさせてもらうとしよう」
モルゴースがそう口にした瞬間、ユーラリアは左手を横一文字に薙いだ。その瞬間、さらにモルゴースの身体を締め付ける鎖の力が強くなる。ぎりぎりと締め上げられるモルゴースは僅かに苦悶の声を漏らした。
それでもさらにユーラリアは鎖を緩めるどころか、自身の左腕に絡みついた鎖を伸ばして、拘束を堅牢なものとする。
それからゆっくりとモルゴースに近づき、聖剣を振り上げ、そして——
「鎖を増やせばどうにかなるとでも思ったのか? それは短絡というものだな」
ユーラリアの脳裏を揺らすような声が響いた。その瞬間、ユーラリアは反射的に力を込めて聖剣をモルゴースの首筋に向けて振り下ろす。
しかし、剣の柄を握りしめたユーラリアの手に伝わるのは魔王の首を刎ねる感触ではなく、硬いものにぶつかり打ちすえられたような衝撃。
ユーラリアは思わず目を剥いた。
先ほどまでモルゴースがいたはずの場所には、縛り上げる対象を失い漂う鎖と、地面に突き立てられた聖剣の切先の跡だけが残っている。
ユーラリアはただならぬ様子を察知して、素早く飛び退き周囲を伺う。しかし、いくら見渡しても光の壁の中にはモルゴースの姿が見えない。焦りを覚え始めたユーラリアの研ぎ澄まされた感覚と張り詰めた緊張感。それをいたずらに刺激するような声が、彼女の耳元でサディスティックに響いた。
「どうした、我はここだぞ? 神の代理人殿」




