Ep.7-18
「ところでだが。一応の提案なのだが、ここで二、三合打ち合って互いに退く気はあるかのう」
モルゴースは顎に手を当てたまま、ユーラリアに穏やかな声でそう語りかけた。対するユーラリアはそんな魔王の提案に、ほんの少し反応を示しながらも相変わらずの笑顔を浮かべたままゆるゆると首を横に振る。
「——生憎ですが、お断りいたします。だって敵の総大将がいるのですもの。取り逃すことはあっても、みすみす手を引くことなんてあり得ません。嗚呼、もちろんあなたが尻尾を巻いて逃げるのならどうぞ御自由に。背中から斬りつけるだけですので」
「ふん、可愛いらしい見た目をして可愛くない娘だのう。こういうのは冗談として捨て置くのが大人というものだろうに——よかろう。当初の算段からは狂うが、相手をしてやろうではないか。ただし」
そこで言葉を切ると、モルゴースは聖剣を握ったのと反対の手で目の前の空間を薙ぐように払う。するとその瞬間二人を中心とするように紫紺の光の壁が円形に聳え立ち、ユーラリアとモルゴースを外界から隔絶する。
その様子に驚いたように、壁の外のシャールとエリシアが駆け寄るが彼らの伸ばした手は、電流にも似た衝撃と共に光の壁に弾かれる。
「——いつの間に」
「我は一人なのに、其方らはいざとなれば複数人がかりなどというのは公平ではあるまい? それに、其方としてもその方が良いのではないか。大将同士の一対一、一番これが盛り上がるだろう?」
モルゴースの言葉に、ユーラリアは片眉を上げ、そして不敵に微笑む。
「お気遣い感謝しますよ、魔王モルゴース。ではせいぜい、期待に応えるとしましょうか。貴方の、そして彼らの」
そう言うと、ユーラリアは剣を握りしめ構えてモルゴースを見据える。モルゴースもまた、聖剣を大地に突き立てて、どっしりと構えて彼女を見つめる。
次の瞬間、ユーラリアが動いた。
身体を前傾し、姿勢を一瞬で低めると大地を強く蹴り込んで刹那のうちにモルゴースの懐へと潜り込む。
その動きに流石のモルゴースも驚愕の色を浮かべる。レイチェルやエリシア、エリオスよりも俊敏なその動きはいっそ人間離れしていて、見ている者を皆唖然とさせた。
懐に潜り込んだユーラリアは剣を振り抜き、モルゴースの首筋を狙う。
しかし、その一撃はモルゴースが大地から引き抜いた聖剣によって防がれる。
響き渡る甲高い金属音。その音が消えるより先に、ユーラリアは先ほど以上の速度で飛び退き、モルゴースから距離をとる。
続けてユーラリアは利き手とは反対の左腕を伸ばして、モルゴースにその掌を合わせる。その瞬間、モルゴースの周囲の地面から光の波紋がいくつも、取り囲む円を描くように浮かび上がり、漂い始める。すると、その波紋の一つ一つから白金色の鎖が空に向かって伸び上がる。
次の瞬間、ユーラリアは魔王に重ねていた手を、その身体を掴みつぶすように握りしめる。
その瞬間、モルゴースの周りを漂っていた鎖たちが一斉にモルゴースに襲い掛かる。
「ほう」
鎖の先端についた鏃のような楔をモルゴースは聖剣と魔術で打ちはらい、あしらう。しかし、その剣戟や魔術の隙間を掻い潜り鎖の一つがモルゴースの脚を絡めとる。
「——ッ!」
その瞬間、バランスを崩したモルゴースの隙を鎖たちは見逃さない。瞬く間に鎖たちはモルゴースの四肢に、身体に巻きつくとその身体を完全に拘束する。
そんなモルゴースにユーラリアはゆっくりと近づくと、くすりと笑う。
「まさか、もう王手ですか。魔王モルゴース」
その笑みに、モルゴースは眉間に皺を寄せながら不敵に笑い返した。




