Ep.7-17
「——聖剣の権能が解放されて……」
モルゴースは目の前で展開される光景に、思わず呆けたように零した。ユーラリアの聖剣から溢れでる光の奔流は、彼女自身を包み込む。その奔流に宿る凄まじい魔力に、モルゴースは手綱を引いて僅かに騎馬を減速させ、その様を見つめる。
光はやがて一つの形を成す。それは鎖、そして鎧。
モルゴースはその姿に驚きを隠さなかった。
「マナフ……まさか……だがその姿はまさしく……」
マナフ——ユーラリアが有する聖剣の銘であり、法と正義を司るアヴェスト神話群における最上位の神の一柱でもある。
神話において、マナフは罪ある者を倒し調伏するために剣と鎧を持ち、罪ある者を裁く同時に、自身を戒めるためにも鎖をその身に帯びていたと言われる。
今騎上にてこちらを見るユーラリアの姿はまさしく、神話に語られるマナフの姿そのものに見えた。
「——神格憑衣……なるほど、聖剣の中に閉じ込められた神秘と権能を解放し、自身に纏わせた。そういう趣向も可能なのか……」
そう呟くとモルゴースは騎馬から飛び降りる。
それと同時に、ユーラリアも馬を止めてその上から降りる。両者は互いに見つめ合い、ゆっくりと近づいていく。その一歩一歩に互いの緊張感が滲み出ている。
「——其方、こんな奥の手を隠しておったのか。はは、流石に驚いたぞ」
聴覚の強化など無くとも声の聞こえる距離に立った二人。モルゴースは聖剣を抜き放ちながらゆったりと歩いてくる。ユーラリアもまた、後続するエリオスやシャールたちを手で制して一人で歩いてくる。
「あら、ご存じなかったんですか? 魔王ともあろうお方が、聖剣まで持ち出しておいて」
にこやかな笑みを浮かべて毒を吐くユーラリアにモルゴースは呆れたような笑みを浮かべる。
「それはそうだろうよ。何せ聖剣とそれに関する知見は聖教会の秘蹟中の秘蹟。その蓄積された神秘は人間ですら無い我らには知る由もないからのう——其方らが神の奇跡を独占するから、な」
「ふふ、その台詞はもう少し信心深い者が言うのなら心に響くのですがね。神などなんとも思わないあなたに言われてもなんとも思いません」
「で、あるか。ま、同情だな罪悪感だのを誘ってどうにかなる相手でもあるまい。なにせ——」
そこで言葉を一旦切ると、モルゴースはユーラリアを頭の先から爪先まで舐め回すように視線を走らすと、じっとその瞳を見つめながら顎を撫で、そして笑う。
「——其方はいっそ、我と同類であろうからな」
その言葉にユーラリアは少しだけ驚いたような顔をしてから、肩を竦めて笑う。
「それは——褒め言葉として受け取っておきますわ。暗黒大陸の覇者たる魔王様」




