Ep.7-16
モルゴースの視線の先、遥か遠方の敵陣から土煙を上げる勢いでこちらに向かってくる者が一騎。
アレは遠見の魔術で観測し続けていた、そして峡谷の道で対面を果たした聖教国の絶対的権威たる最高巫司、ユーラリア・ピュセル・ド・オルレーズ。
長く美しい銀髪は野をかける風に揺れて大きく広がっている。身に纏ったドレスとそれを覆う軽装の鎧、腰に帯びた聖剣、そしてその目に宿ったギラギラとした闘志。なるほど、流石に暗黒大陸まで攻め込んでくる豪胆さを持つ女傑だ。本陣の奥に引きこもっているだなんてらしくはない。
その姿に魔王は嬉しげに目を細める。
「ふ、あははは! 総大将が自ら先陣を切ってくるとは随分な向こう見ずよなぁ……うむ、実に愉快愉快。それに……」
モルゴースは騎馬の速度を落とすことなく、その視線をユーラリアの後方へと流す。彼女の背後には更に四騎が並列して駆けている。
聖剣使いが二人に魔術師が一人、そして——
「ほう、随分と回復したようだのう。そして性懲りも無く我に挑むか。佳いぞ佳いぞ、エリオス・カルヴェリウス。そうでなくてはな」
モルゴースは愉しげに喉の奥を鳴らして笑うと、聖剣へと手をかける。それとほとんど同時に、先陣を切るユーラリアも聖剣へと手を伸ばし、抜き放つ。
「『律鎖』の理を司る聖剣に願い奉る」
馬上にありながら、ユーラリアは聖剣の柄を両手で握りしめて、その刀身を自分の目の前に掲げ、祈るように目を閉じる。その姿、そして魔術で強化した聴力で捉えた彼女の言葉を聞いて、モルゴースはその表情から笑みを消す。
「権能の励起……!」
モルゴースもそれに応ずるように聖剣を抜き放つ。しかし、それよりも早くユーラリアの権能励起のための詠唱が展開される。
「神の定められし法に楯突く者を縛しなさい。世の安寧を乱す災害を諌める力を私に貸しなさい——権能励起、神格憑衣」
「——ッ!」
彼女の紡いだ言葉は、モルゴースの顔に驚きの色を滲ませる。『神格憑衣』——聞きなれない言葉だった。単なる権能の励起とは違うのか。
困惑とそれと同時に湧き上がる知的好奇心にモルゴースは、食い入るようにユーラリアを見つめる。
すでに視力の強化など無くともその顔や表情が見てとれるほどの距離にまで二人は接近している。
そんな中、ユーラリアが握りしめた聖剣が燦燦と輝き始める。そんな光の中で、ユーラリアは魔王に向けて不敵な笑みを浮かべる。
「——魔王モルゴース。きっとあなたは我らの戦意を挫く最後の詰めとして出てきたのでしょうけれど。私はそれを最大限に利用させていただきますよ」
ユーラリアの言葉が強化された聴覚に届く。自分に向けられたその言葉にモルゴースは僅かに表情を顰める。
ユーラリアの聖剣から溢れでる光は、次第に刀身だけで無く彼女の全身を包み込んだ。




