Ep.7-14
レイチェルの言葉に、ユーラリアは数瞬目を剥いて驚きの表情を浮かべていた。否、驚きというよりかは「戸惑い」という表現の方がしっくりくるだろうか。それは目の前で跪くレイチェルの言動に対してでもあり、それと同時に彼女の中で渦巻く感情に対する者でもあるように見えた。
それでもやはり、ユーラリアはすぐにその動揺の色を穏やかな表情の下へと滑り込ませるように隠す。
それから、ちらとエリオスたちの方を見て口を開く。
「——ごめんなさい。ほんの少しの間だけ、二人にしてくれますか? すぐに、行きますから」
表情に動揺はなくとも、声の端々には穏やかとはいえない漣立った感情の色が浮かんでいた。
そんな彼女の言葉に、エリオスが一番に応える。踵を返すと櫓から降り始める。その後にリリスが続く。
エリシアとシャールは顔を見合わせながらも彼らに続いて櫓を後にする。最後に櫓を降りたシャールは、レイチェルが立ち上がりユーラリアの隣に並び立つのを見て、ほんの少し胸の奥で何かが軽くなったのを感じた。
「——アレは君の差し金かな、リリス嬢」
櫓の下では、エリオスが皮肉めいた笑みを浮かべながら、腕を組んでリリスを見遣る。リリスはそんな彼に視線を合わせることなく、櫓の上を見上げながら口を開く。
「別に私はどうしろこうしろと言ったりはしていませんわ。ただ、経験上このままだと彼女は必ず後悔すると思っただけ」
「それは、この戦いでユーラリア嬢が死ぬかもしれないから? 喧嘩したまま死に別れなんて、ってコト?」
薄ら笑いを浮かべるエリオスにようやく視線を向けて、リリスはゆるゆると首を振る。
「それもそうですけどね……もし勝ったとしても、やっぱりレイチェル卿は後悔することになると思いますわ。きっとそのとき、二人の関係は不可逆的に変わってしまうから。話せるうちに、今のままのうちにちゃんと話しておく……その大切さは、私もよく分かっているつもりですから」
リリスはそう言って目を細める。その瞳は僅かに潤んでいるようにシャールには見えた。
勝手な想像ではあるが——リリスは、ルカントたちの一行の中にいた頃、他の仲間であるミリアやアグナッツォとは少し折り合いが悪かった。否、正確に言えば関係が薄かったと言うべきだろう。二人とリリスの関係は、ルカントという中継点を挟んだもののように見えた。
彼女の生来的な性格が原因だったのだろうと今からしてみれば分かるけれど、それでもあの時のシャールの目にはリリスは貴族の令嬢であるミリアさえも見下すようにお高くとまっているようにさえ見えた。
それでも、アグナッツォはルカントの敵討ちとリリス、ミリアを守るためにエリオスに戦いを挑み、ミリアもシャールとリリスを逃すために戦い散っていった。
そんな彼らと、もっと言葉を交わすことができたなら、仲良くすることが出来ていたのなら。そんな後悔にも似た感情がリリスにはあるのだろう。
そして——これは本当に身勝手な、願望のような推測だけれど。もしかしたら、じぶんのこともリリスは思い返してくれているのかもしれないとシャールは思ってしまう。
あの日、レブランクの地下牢から助け出した後、三人の墓の前でシャールと叫ぶように、ぶつけるように対話した記憶。
あのときのことを思い返しながら、あんな風にリリスがレイチェルの背中を押すことが出来たというのなら——シャールはそれを誇らしく思う。
そんな風に思いを巡らすシャール。その視線に気がついて、リリスは柔らかに微笑んだ。




