Ep.7-12
「――確かに、あれは魔王モルゴースに相違ありませんね」
ユーラリアはテントの側に立つ櫓の上から、敵陣の先頭で騎馬に跨る魔王の姿を見て小さく舌打ちをしながらそう言った。その後ろに控えるエリオスも、腕を組んだまま忌々しげな表情でモルゴースを見下ろしている。
櫓の上には他に、シャールとエリシア、そして戻ってきたリリスがいた。
「まさか……単騎で突っ込んでくるつもりじゃ……」
シャールの口から思わずそんな言葉が零れる。行軍中の聖教国軍の横合いから単独で襲い掛かってくるような魔王だ。単騎、ということは無いにしても自身が先陣を切って攻め込んできかねない。それは今の聖教国軍にとってとんでもない脅威だ。
しかし、そんなシャールの懸念をエリオスは一蹴する。
「いや、それは無いと思うよ」
「どうしてですか?」
「モルゴースは魔王——魔物の頂点であると同時に王でもある。王が倒れればこの戦が終わることを理解しているからこそ、そんなことはしないし、する必要がない」
エリオス曰く、モルゴースは聖剣使いを脅威として見做しているのだと言う。エリオスを倒しておきながら、聖剣使いたちに囲まれたとたん、一戦交えることすら無く撤退したのがその証左なのだとか。確かに、あの時点ではシャールたちも気がついていなかったが、崖の上にはアルカラゴスが控えていたのだ。戦ってみて不利になれば、いつでもアルカラゴスを呼び出して撤退することができた。
なのに、それをしなかったのはひとえに聖剣使いたちと交戦して万が一の事態が起きることを危惧していたからなのだとエリオスは推測する。
「モルゴースは大胆不敵に見えて、実際のところかなり慎重でもある。豪胆さと用心深さが高度なレベルで調和している、と言い換えてもいい。あの時だって、アルカラゴスを控えさせていつでも撤退できる準備をしていたし、聖剣使いのいない隊列の中央を狙ったりもしていたからね」
そう言ってエリオスは目を細める。忌々しげな表情で、自分に重傷を負わせたモルゴースのことを腹立たしげに思っているのがありありと見てとれる。だが、それと同時にひどく冷静にモルゴースの人格を観察していた。
エリオスはさらに、櫓の下で浮き足立つ兵士たちを見ながら続ける。
「それと、単純に前回はその圧倒的な力と残忍性を見せつけて、こちらの戦意を削ぐという必要性もあった。でも、それはもう前回で達成している。また重ねて同じようなことをする意味は無いはずだ」
即ち、あえてそんな危険を冒す必要はないということ。あえてまた敵陣へと乗り込んでくるというリスクは低いということだろう。
シャールはエリオスの推論に納得しつつも、同時にいよいよ理解や推測が及ばなくなってきて思わず問いを投げる。
「ということは……どういうことになるんです? モルゴースは何のために……?」
そんなシャールの問いに答えたのは、エリオスでは無かった。
「——膠着したこの状況から、戦端を開くため。だろうか」




