Ep.7-10
お休みをいただきありがとうございます。
「焦り……ですか」
ユーラリアはエリオスの言葉を咀嚼するように復唱すると、わずかに口の端に自嘲じみた笑みを浮かべた。
「確かにそう評価されても文句は言えないでしょうね。彼にも、ちょっと悪いことをしてしまいました」
「思ってもいないことを……ま、いいけどさ」
エリオスの言葉にユーラリアはわざとらしく肩をすくめて見せる。そんな彼女に追い討ちをかけるように、エリオスは猛禽が遠くの獲物に狙いを定めるよう目を細めてさらに言葉を投げる。
「それで? 改めて聞かせて欲しいんだけど、どうして彼女にはその『毒』を使わなかったのかな?」
エリオスの言葉に、ユーラリアはわずかに表情を歪める。しかし、すぐにその顔に笑みを取り戻すとゆるゆると首を振る。
「別に。毒の効かない人間に毒を盛っても意味はないでしょう? 無駄なこと、だからですよ」
「へぇ」
「——彼女と私は長い付き合いですから。私のやり口、私の性格、私の全てをよく知っている。自分の手の内を知っている人間に、搦手の策など仕掛けるだけ無意味というものでしょう?」
ユーラリアの言葉は淡々としていて、冷徹で。それでいてどこか語気が普段よりも強く感じられた。そんなユーラリアの反論を咀嚼するようにエリオスはうんうんと頷くと、にやりと口の端を意地悪げに吊り上げる。
「なるほどねぇ……でもさ、無意味とはいえあくまで可能性の話。もしかしたら上手くいく可能性もあったよね。やるだけならタダみたいなものだし。なのにどうして試すことすらしなかったのかな?」
エリオスの問いにユーラリアは答えることなく、椅子にゆったりと背をもたれさせる。エリオスもそれ以上追及するつもりはないようで、同じようにして腕を組みながら満足げな笑みを浮かべる。
「あるいは……私は恐れているのかもしれませんね。自分の手で、育んできたものを壊すことに」
気まずい沈黙の中、ユーラリアは誰かに聞かせるつもりもないような声でぽつりと呟いた。
彼女の声が空に解け消えたのとほとんど同時に、僅かにテントの周りが騒がしくなる。その喧噪にテントの中の全員が立ち上がる。
「――げ、猊下、猊下ッ!」
次の瞬間、テントの警備をしていたはずの騎士がテントの布扉を乱暴に開けて慌てた様子で入って来る。騎士はユーラリアと目が合った瞬間に、自分の礼を失した振る舞いに気が付き、慌ててその場に跪き頭を垂れる。そんな騎士にユーラリアは呆れたような表情を一瞬見せながらも、すぐに凛とした表情を取り戻して、口を開く。
「何事ですか」
「ま、まお……魔王軍に……! う、動きが……!」
「その程度で随分な慌てようじゃないか。こうやって陣を構えて向かい合っているんだ、いつ動き出してもおかしくないだろうに……本当にどこかのタイミングでこの泥船からは降りた方がいいかもしれないな」
皮肉を叩くエリオス。しかし飛び込んできた騎士はそんな彼に視線も注意も向けることができないほどに慌てていた。その異様な慌てぶりにエリオスもわずかに顔をこわばらせる。ユーラリアはそんな騎士を落ち着かせるようにゆったりと言葉を紡ぐ。
「落ち着いて聞かせてくださいな。どの軍が動き出したのです。歩兵? 騎馬隊? 巨人種? 魔獣? それともサルマンガルドの不死者の軍勢ですか?」
騎士は言葉を紡ぐために深く息を吸うと、呼吸を整えてからゆるゆると首を横に振りユーラリアに向けて言った。
「陣を出たのは……一騎のみ……」
「一騎? たかが一騎で一体何を慌てて……まさか」
エリオスはそこまで言って、何か勘づいたように表情を凍らせる。その言葉に応えるように騎士は叫ぶ。
「敵は……黒き二角獣を駆る、魔王モルゴースですッ!」
繁忙期が少し続きそうなので、3月いっぱいは原則一日一話の投稿体制を続けたいと思います。ご理解のほどお願いいたします。また、ちょこちょこ投稿日時がずれ込んだりすることがあるかと思いますがご容赦ください。




