Ep.3-11
シャールは口元を拭いながら、辺りを見渡す。彼女たちを囲む兵士たちはアリキーノの言葉に一切動揺していない。それどころか、冷ややかな笑みを浮かべている者もいる。
じわりと涙が溢れてくる――人間とは、こんなにおぞましくなれるのか。
「どうして……」
「ん?」
ぽつりとまだ汚れの残る口元から言葉が溢れた。シャールは溢れる涙を袖でぬぐい、アリキーノを睨みつける。彼のにたにたとした顔が瞳に映った途端、言葉が濁流のように溢れ出す。
「どうして貴方たちはそんな非道いことを! リリス様が、あの方が何をしたって言うんですか! 王様に意見したのが、それだけの仕打ちを受けるほどの罪なのですか!」
「罪なのですよ、それほどの」
顔色を変えることもなく、間を置くこともなくアリキーノは答える。その躊躇いのなさに、シャールは言葉を失う。そんな彼女にアリキーノは畳み掛ける。
「だってそうでしょう? 我らが王の進む道に石を投げた、それだけでそもそも万死に値するのです。それが命を取り留めているのだから、これはむしろ慈悲深いと評価されるべきでは? 尤も、彼女は優秀な道具ですから、早いうちに矯正しておけば使い勝手も良くなるでしょうという打算もありますが———」
「そんな――」
「というか貴女、シャール・ホーソーン。私からすればあなたの行いこそ『どうして』ですよ」
肩眉を上げて、アリキーノは舌を打つ。そしてシャールをその蛇のような瞳で睨みつけて、腹立たし気に言葉を続ける。
「貴女はルカント王子の部下、即ち我々の側のはず。なのになぜ、我らに剣を向けているのですか。というかそもそも、何で貴女しれっと殺されずにいるんです?」
「それ、は―――」
「館の周りを今包囲しているバカな兵士たち――ああ、彼らは他の師団から借り受けた何も知らない連中なのですが――彼らは、貴女が裏切ったからルカント王子が死んだとか言ってましたが私はそうじゃないことを知っている。ええ、彼女から聞きましたから――身を挺して自分を守り、エリオス・カルヴェリウスに刃を向けたと。なのに、なぜ生きているのです? そこに存在する矛盾が私は気になっているのですよ」
細い瞳のアリキーノの目がシャールをじっと見つめている。獲物を見定め、食らいつく瞬間を図る蛇のようだ。その瞳にシャールはなすすべもなく、返す言葉もなく震えている。
そんな彼女に、見切りをつけたようにしてアリキーノは肩を竦める。
「まあいいでしょう。その辺りは私の個人的な興味に過ぎませんから。すべて事が済んでから、ゆっくりとお聞きしましょう―――さて」
一息入れて、アリキーノは視線をシャールからアリアへと移す。アリアはただじっと、口を挟むことなく静かにそこに立っていたが、自身に視線が向けられたことに気付くと、あくびをするような仕草をしてにやりと笑って見せる。
「あら、お話は終わったのかしら? 今生最後の長話、じっくり楽しまれたのかしら?」
「今生最後かは知りませんが、ええとても。あの女魔術師――かつての仲間の処遇を、無垢な少女に語り聞かせるのは中々の法悦でした」
アリキーノはぺろりと口の端を舌で舐め、うっとりとした表情を浮かべる。そんな彼に、流石のアリアも苦笑に顔を引きつらせ、「うわ」という音を漏らす。
「‥‥‥あっそ。話のチョイスからしてそうだけど、ホント悪趣味な子爵サマだこと」
「おや、失敬な。私、単に法悦に浸るためにあのようなお話をしたのではありませんよ。そう、あれは近い将来の貴女方の辿る道――その一例をお示ししたかったのです」
ふふふ、と鼻の奥で笑いながらアリキーノは言った。




