Ep.6-140
「え、えいゆう?」
エリオスの言葉に、シャールは思わず驚きの声を上げる。『英雄』――その言葉は、『魔王』という彼の者の肩書からは全く正反対のものであるように思えたからだ。レイチェルやエリシアもわずかながらに怪訝な表情を浮かべる。
一方でユーラリアはどこか納得したような表情で、小さく頷いた。そしてその目線でエリオスにその先を促す。エリオスもまた、自分の中の考えを整理するように、柔らかく繊細な絹糸を紡ぐかのように慎重に言葉を編む。
「この世の知性ある者は皆、何かしらの役を羽織っている。在り方、と言い換えてもいいけどね。自分が望んでいるのか、他者に望まれているのか。上手く演じられているのか、演じられていないのか。自覚しているか、自覚していないか——まあ、その辺りは千差万別だろうけどね」
エリオスの言葉にシャールは今まで出会ってきた人たちのことを思い返してみる。
例えば、レブランクの最後の王ファレロであれば、彼自身は父をしのぐ偉大な王の役を演じようとしていたのだろう。レイチェルであれば、ユーラリアを守る聖教会の厳格な騎士として自身の役を定め、そして周囲からもそうあれかしと望まれている。ザロアスタであれば、神の教えのためならばどこまでも、なんだってできる神のための暴力装置——そんな役を皆が羽織っている。あるいは、自らにそうあるように課している、ということなのだろう。
「そうして見た時に、私とモルゴースでは羽織る役が違う。それは演者の演じ方の違い、個性とかいうレベルの話ではなく、そもそも役が違う。私が『悪役』であるのに対して、あの魔王が演じる役は、モルゴースが羽織るのは『悪役』としての自分ではない——本人がどう思っているかは分からないけどね。少なくとも私はそう解釈している」
「でも……だからって『英雄』だなんて……魔王は、あんな残酷なことをしているのに?」
「歴史上英雄と呼ばれる人間は、皆残酷だよ」
エリオスはシャールの反論に唇を歪めて、嘲るようにそう言った。
「英雄神エイデスをはじめとする神話の英雄たちは怪物や敵対者の命乞いに耳を貸さなかった。大国レブランクの繁栄を築いた王たちは、飲み込んだ小国の王族を容赦なく皆殺した。そして、そこの最高巫司サマは政敵を破滅させるためにこの戦役を利用して、多くの兵士たちを死地へと誘っている」
エリオスの言葉に、レイチェルは怒りを顔に滲ませて一歩踏み出そうとするが、ユーラリアがそれを手で制した。そして彼女は悠然と、それでいて皮肉っぽい笑みを浮かべながら目を細め、エリオスに先を促す。
「英雄とはその行為の善悪によって必ずしも定義づけられるものじゃあない。彼らを英雄たらしめるのは、その圧倒的な力と抱く理想への強い執着だ——彼らが振るう様々なカタチの力に人々は畏怖を抱く。そして彼らが信じ、掲げる理想とそれを追い求める姿に人々は魅せられる。それこそが英雄であり、私が見たモルゴースはそういう存在だった」




