Ep.6-134
「諸君——我に傅き、我を敬する愚者たる諸君。さあ、戦が始まるぞ」
モルゴースが城壁の上からそう言葉を発すると、ざわめいていた魔人や魔物たちが一気に沈黙する。一瞬のうちに作り上げられた静寂の帳の中、モルゴースは満足げに自らの兵たちを見下ろす。
「聖教国の、人間の軍勢は明朝にはあの大平原にやってくるとのことだ——傲慢にも我らの領する大地を土足で踏み荒らしながら、蒙昧にも己らの蛮行を神の行いであると信じてやまぬまま、愚鈍にも自らを正義であるとして思考を停止させたまま」
モルゴースは滔々と、それでいて畳み掛けるように言葉を重ねて魔物たちに語りかける。その言葉は、この場の空気に染み渡り、広がり、魔物たちを飲み込んでいく。
「この大地は我らの土地だ。この地の正統なる所有者は我らだ。だというのに、彼らは神の名を語り、己こそが正統なる支配者であるかのように振る舞う——我らを救いもせず、守りもしない、ただ疎ましいだけの神の名を語ってだ。何という身勝手だろう、何という浅ましさだろう」
モルゴースの言葉に、兵士たちが随所で叫び声を上げる。
謳い上げるように紡がれるモルゴースの言葉は、魔物たちの自尊心や怒りを煽り立て、攻め込んでくる聖教国の兵士たちへの敵愾心を高め、確固たるものへと変えていく。
それを見下ろしながらモルゴースはさらに続ける。
「人類は常にそうだった。彼らが崇める神もまた然り。己を中心と考え、其方らをこの地へと追いやった。他の大陸にいた魔人たちの辿ってきた歴史、今更我が語るまでもあるまい。彼らの身に起きたのと同じことが、今我らの身にも起きようとしている。こんなことを許してよいのか?」
「否——! 否——!」
兵士たちが拳を突き上げてモルゴースの問いかけに応えるように吼える。魔物たちは感情を共有し、連動させるように叫ぶ。その様は群体というよりも、一つの生き物が蠢いているようにすら見える。圧倒的なまでの士気の高まり、連帯感。サウリナは言葉一つでここまで兵士たちを煽り立てるモルゴースに恐怖すら覚えた。
モルゴースは叫ぶ彼らに応えるように拳を握り、語気をわずかに強める。
「その通りだとも。否、絶対に否である! この大陸は荒涼たる大地であった。それを我と其方らは共に力を合わせて村を作り、街を作り、都市を作り、土地を拓き、川を治め、日々を紡いできた——それを壊されてなるものか、奪われてなるものか!」
モルゴースの言葉に、兵士たちが一斉に雄叫びを上げる。びりびりと城壁すら震わすその音に、サウリナは息を呑んだ。
そんな彼らの咆哮をモルゴースは片手を上げて制止すると、大きく一息ついて首をゆるゆると横に振る。
「だが、諸君らに我は一つ告白せねばならぬことがある。義憤を以って前線に立つ其方らに伝えねばならぬことがある。此度の戦い、我は其方らと同じような大きな憤りのみで戦うのではない。我はこの戦をひとつの好機として捉えている。ある意味で我はこの戦を心待ちにしていたのだ」




