Ep.6-131
それから少しして、モルゴースの私室での軍議は終了した。
手負いとなった聖教国の軍に、いかなる戦略でもって当たるか。聖剣使いや賢者、そしてエリオス・カルヴェリウスたち特級戦力たる存在をいかにして迎え撃つか。三卿の配置や展開の全てが、実際に直接交戦したモルゴースとサルマンガルドの言を基に組み立てられた。
軍議の終了後、モルゴースはバルコニーに立っていた。
暗黒大陸の魔力を含んだ風を身に受け、髪を靡かせながら遠くに連なる山稜を見つめる。その表情に色は無く、ただ静かにそこに在った。
そんな中、モルゴースの部屋のドアが叩かれる。
「入れ」
乾いたノックの音に振り返ることもなく、モルゴースは凛然とした声でそう応える。その声に応じて、すっと扉からサウリナが入って来る。彼女は音もなく影のようにモルゴースの側に立つと、その場に跪いて口を開く。
「物見からの報せをお伝えに参りました。聖教国軍は現在、峡谷の道を抜け野営を行っている模様です。夜半から明朝のうちには移動を開始し、大平原に入るものと思われます。おそらくこの城塞からその姿が見えるようになるのも時間の問題かと」
「そうか。陣の展開はどうなっておる?」
「は、滞りなく。本隊、分隊ともに展開済みです。現在は兵たちに休息をとらせています。周囲の哨戒はサルマンガルドの死霊兵たちが」
「ふむ、そうか。サルマンガルド自身はどうしておる?」
モルゴースの問いかけに、サウリナは思わず返答に窮する。しかし、隠すようなことではないと判断したのか、若干きまり悪そうに答える。
「すでに陣の展開準備は整っているから問題ないと……御身とエリオス・カルヴェリウスが戦った時の記録を繰り返し研究室で見ています……」
サウリナのどこかふてくされたような声に、モルゴースは遠くを見つめたままからからと笑う。
「ふふ、そうかそうか。まあよかろう。アレで奴は入念な男だ、下手な仕事はするまいよ。奴がそう言うのであれば後の時間は好きにさせておけ。エリオス・カルヴェリウスの権能の分析が進むのは望ましいことではあるしな」
「はあ……っと、それとナズグマールですが彼はその……いつも通りと言いますか……」
「まあ奴もそれでよい。サルマンガルドも奴も、開戦しても城から出ることは無いからな」
そう言うとモルゴースは振り返り、サウリナを見下ろす。いつものどこかふざけているな表情と違い、モルゴースの顔に笑みは無かった。
「貴方のそんな表情は久しぶりに見ました」
その顔にサウリナはモルゴースがこの戦を、今回の敵を決して軽んじていないことを改めて知る。
兵力では圧倒的に優っている。地の利も自分達にある。それでもモルゴースが今回の戦いを重く見ているのは何故だろうか。敵の鬼札——聖剣使いたちと権能を操る少年——が強力だからか。それもあるだろう。しかし、もう一つの理由があるのをサウリナは知っている。
モルゴースはサウリナの言葉に口の端を僅かに吊り上げると、再び遠くの空を見上げた。
「それはそうだろう。此度の戦で、我が大願の行く末が決するのだからな」
できれば今日(今晩?)もう一話くらい投稿して、今週分の帳尻を合わせたいと思ってます(予定)。




