Ep.6-128
サウリナの求めに、モルゴースはどこか愉しそうに目を細めながら、語り始める。
「ふむ。まずは彼らの軍勢の脅威についてか。その点に関してはさして瞠目に値するようなものはないな。兵士たちは決して弱いわけではないが、異なる国や異なる理由のために集まった軍勢ゆえのちぐはぐさは否めん。ましてや事前に想定できない緊急時における共闘などは難しいだろう」
そう語るモルゴースが思い起こしていたのは、『蟲』の出現に慌てふためいていた兵士たちの姿。
『蟲』たちは決して強力な魔物ではない。確かに剣で斬りつけた程度では彼らの表皮を裂くことはできないけれど、それでも決して彼らに勝てないような相手ではない。それこそ、何人かで協力すれば一切の犠牲なく勝てる。そんな程度の本当に低級の魔物なのだ。ある種の獣狩りとさして変わりはしない。
にも関わらず彼らは大きな被害を出した。それは彼らが軍隊としての有機的連携に欠く——即ち多数の利を活かせていないということだ。特に末端の兵士たちのレベルで。司令官の指揮が無ければ、あっという間に烏合の衆と化す——逃げ出す者、怯む者、無謀な戦いを挑む者。その理由は、恐らく彼らの出自がバラバラだからなのだろう。
貴族出身の騎士、長年それぞれの国で従軍してきた軍人、民草から徴発された歩兵、滅ぼされた国から名乗りをあげた義勇軍。それぞれが異なる動機を持ってこの戦役に従軍している。
地位ばかり立派で実践経験も軍略も持ち合わせない貴族もいるだろう。自国での戦争の経験とそこで得た名誉に固執し、他国の者を見下し、あるいはいがみ合う軍人たちもいるだろう。目の前の自分の利益に繋がらないこの戦争に嫌々ながら参加した民草もいるだろう。そしてそんな彼らの熱意の無さに憤懣やる方ない義勇軍の兵士たちもいるだろう。
何より、この戦の意義を把握し、神への忠誠を抱く者があの中にどれだけ抱くだろうか。
モルゴースはにんまりと口の端を吊り上げて笑う。
「聖教国の最高巫司の手腕は賛美に値しよう。短期間であれだけの軍を大陸全土から集めたのだからな。そしてその士気を出陣の勅令発布の場で言葉一つを以ってまとめ上げたことも素晴らしい——だが、そこどまりだ。個々の兵士の士気を上げられたとして、連帯がとれねばただの人の群れよ」
愉しげに喉の奥でくつくつと笑うモルゴース。ナズグマールはそんな主君に、胸に手を当てながら恭しく頭を垂れて見せる。
「対して我らの軍は、御身の御威光とサウリナ殿の指揮によって軍の統制は万全、ということですねぇ。んん、なんとも素晴らしい。数こそ我らは劣れど、その力も連帯も彼ら以上! なれば、我らの勝利は確実と言えるのでは?」
ナズグマールのわざとらしい賛辞にモルゴースは苦笑を漏らす。
「褒めても何も出んぞ、ナズグマール。それに此度の戦役に限っては、勝敗を決める要因は兵たちのみではない。それは分かっているだろう?」




