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Ep.6-126

モルゴースの言葉に、サウリナは跪きながらも表情を曇らせたままだった。

モルゴースの言葉は分かるのだ。その意義だって分かっている。しかし、モルゴースは魔王。魔物や魔人たちの王であり、その存在は代え難いものだ。それゆえに、モルゴースの存在を欠くことだけは何としても避けねばならない。それはサウリナにとって絶対的な金科玉条であった。

モルゴースの王としての在り方と、魔王の側近として自身が進言すべき至上命題と、二つの間でサウリナの心は押しつぶされそうになる。

そんな思い詰めたようなサウリナの顔を見て、モルゴースは僅かに表情を曇らせる。


「あーうん、いや。そうさな、我としても其方に一言も告げずに出向いたのは良くなかったと思っておるよ? うん」


「いえ、お気遣いなく。私は——」


サウリナが何事か言おうとしたのと同時に、部屋のドアをノックする乾いた音が響いた。二人は思わずドアの方を振り向く。サウリナはモルゴースに先んじて、ドアを開ける。

そこには漆黒の燕尾服に身を包んだ青年が立っていた。見た目はほとんど人間と変わらないはずなのに、放つオーラは並の魔物の比ではないほどに濃密で、常人ならば息と共に吸い込むだけで卒倒するほどの魔力に満ちていた。


「ナズグマール卿」


サウリナは低い声で目の前の青年——三卿が一人、天魔卿ナズグマールの名を呼んだ。

ナズグマールはにこにこと微笑みながら、恭しくサウリナに頭を下げると、嫣然と口を開く。


「これはこれは、サウリナ殿もいらっしゃっておられましたか。これは手間が省けましたね」


「ナズグマール。珍しいのう、其方がわざわざ我の私室にまでやってくるとは」


いつのまにか暖炉の前のソファに再び身体を沈めていたモルゴースは、ちらとナズグマールに視線をやってにんまりと微笑む。


「ええまあ。サウリナ殿ほど御身と気心知れたる仲であればともかく、一介の従者たるもの軽々に主人の私室に立ち入るべきではありますまい?」


「殊勝な心がけです。いきなり主人の私室に現れるどこぞの死霊術師にも聴かせてあげたい」


サウリナは皮肉っぽくそう吐き捨てる。そんな彼女に、モルゴースは苦笑を漏らしながら、彼女の肩越しにナズグマールの瞳を見つめる。


「まあ、其方を一介の従者として扱うのは、いささか気がひけるがのう。まあ、それはそれとして、その矜持を曲げてまでここに来たのは、其方も気になっているからかな? あの少年について」


「ふふ。流石は我が主、話が早くていらっしゃる。ええ、件のアルカラゴスを退けた少年。いかがでしたか、かの者は?」


「ふふ、そう急くな。とりあえずサウリナ、ナズグマールを中に入れてやれ。それと茶を一杯頼めるかのう。あとはサルマンガルドにも声を掛けよ。この場で我が直々に行った敵情視察に基づく軍議を行おうではないか」


モルゴースの瞳は、先ほどとは打って変わっていた。民を導く王としての在り方を熱弁する燃え上がるような色とも、サウリナを気遣う穏やかな水面のような静かな瞳でもない。統治者として、支配者として、魔王としての悪辣と残忍の愉悦に満ちた冷たい瞳だった。

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