Ep.6-125
だいぶ遅れましたが昨日の分です。
暗黒大陸の中央に鎮座する黒い城。その中心部にそびえるひときわ大きな尖塔の上空を、巨大な黒龍が旋回しながら優雅に飛んでいた。その背中から人影が一つ、ひらりと飛び降りて尖塔から突き出たバルコニーへと着地する。
バルコニーから塔の中の部屋の様子を伺う。中は暗く、静かで人の気配がない。
それを確認すると、人影は窓をそっと押し開けて中へと足を踏み入れる。
「——ふぅ」
「——どこへ行ってらしたんですか」
「ひゃあ!?」
不意に死角から発せられた声に、人影は思わず甲高い悲鳴をあげる。その瞬間、部屋の随所に設られたランプに火が灯り、部屋をほんのりと明るく照らし出す。
部屋の隅の影から青い髪を揺らして現れたのは、優美な軍装に身を包んだ女剣士。魔王軍最高幹部三卿が一人——紫電卿サウリナ。
彼女はほんの少し不機嫌そうな顔をしながら、バルコニーの窓から入ってきた人影——主人である魔王モルゴースを見遣る。
「主人を驚かすものではないぞサウリナ? 心臓に悪かろう」
「これは失礼いたしました。ですが、そうおっしゃるならば突然主人に消えられた従者の内心というの推測っていただきたく存じます。本当に心臓が止まるほどの驚きでしたよ」
そんな彼女にモルゴースは僅かに視線を逸らしながら、誤魔化すように頬を軽く掻く仕草をして見せる。
「あー、そのぉ……すまんの。えっとその、気分転換に……散歩に行っておった……とか?」
「なるほど、アルカラゴスまで連れて、聖教国軍にちょっかいをかけに行ったアレは散歩だったと。確かに、御身からすればこの大陸全てが庭にも等しいですからね。散歩といえば散歩なのでしょうね」
「——其方、そこまで分かっているのに『どこに行っていた』とか聞くのは、中々に性格が悪くないかのう?」
淡々と言葉で詰めてくるサウリナに、モルゴースは少ししゅんと萎れながら、血に汚れた外套を脱ぎ捨てる。そして、暖炉の前の柔らかなソファに身を沈めると、暗い暖炉に魔術で火を灯した。
サウリナはため息混じりにそれを眺めながら、脱ぎ捨てられたモルゴースの外套を片づける。
そんなサウリナの姿を横目に、モルゴースは唇を尖らせながら呟く。
「しかしのう、軍の編成や指揮は其方に委任しておるし、警備はサルマンガルドに任せておる。ナズグマールも城にはおるわけだし、我が少しいなくなったくらいでそう怒らずとも……」
「そういう問題ではありません。私が軍を指揮できるのも、サルマンガルドが警備の任を全うするのも、ナズグマールがこの軍に収まっているのも、そして兵たちが武器を持っているのだって……御身という『王』がいて、私たちの柱になって下さっているからなのですよ?」
サウリナは唇を噛み締めながら、モルゴースが入ってきた窓の鍵を閉め、ガラスの向こうの景色を見つめる。
城壁の向こうでは、サウリナが統率する兵たち——魔人や魔物、魔獣さえも組み込んだ大軍勢が規律を持って動き回っている。皆、来たる聖教国の軍勢を待ち構えているのだ。
そんな彼らを見ながら、サウリナはぽつりとこぼす。
「その柱がもし消えたら、全てが無に帰してしまうのではないか——空っぽのこの部屋を見た時に私が感じたのは、燎原の火のように広がる何もかもが崩れ去るような恐怖だったのです。だから——!?」
不意にサウリナの言葉が驚きの声と共に途切れる。
気がつくとサウリナの背後にモルゴースが立っていたからだ。音もなく、最高練度の戦士であるサウリナに気がつかれることもなく彼女の側に忍び寄ったモルゴースは、そっとその細い指でサウリナの唇を封じる。
「其方の言いたいことは分かるよ、サウリナ。だかのう、我はそんな其方らの信頼に応えるためにこそ、じっとなどしておれんのだ」
本日分はまた後ほど投稿します。




