Ep.6-121
「馬鹿にしないでください——私はいっときだってルカント様やアグナッツォ様、ミリア様のことを忘れてない。貴方に一矢報いることを諦めていない。優越感やいっときの愉悦のためだけに貴方のことを助けたりなんてするわけがない」
シャールの声音は努めて穏やかだったけれど、その言葉には強い憤りが滲み出ていた。それでも、自分の感情が爆発して、エリオスのそれと連鎖してしまわないようになんとか、自分の感情に穏やかな口調という枷をつけて、煮えたぎるような本心を縛っていた。
そんな自縄自縛を続けながら言葉を絞り出すのはひどく苦痛でしかなくて、この枷を引きちぎってしまいたいという衝動が強く胸を叩く。それでもシャールは、ときおり唇を噛みながら穏やかな調子で言葉を紡ぐ。
「――私はそんなくだらないことのために聖剣の力を使ったりなんてしません。そんなことのために貴方の命を助けたわけでもないです」
「……だったら、何故……どうして私を殺さなかった……!」
繰り返されるシャールの言葉に、エリオスは食い下がるように叫ぶ。そんなエリオスの瞳を真っすぐに見つめて、シャールは続ける。
「私は貴方が憎い。これまで決して短くない時間を貴方と過ごしてきたから、それ以外の感情が無いわけではないけれど、だとしてもこの憎しみが消えることは決してない。薄れることもない。ですが、それは私だけの憎しみです。私だけの復讐です――だから、他の人を巻き込むわけにはいかない。これが理由の一つです」
エリオスは今、この魔王討伐軍にとって重要な戦力だ。それは魔王に敗北した今でも変わらない。アルカラゴスを退けた実力からしても、彼を欠いては対魔王の戦略は大きく揺らいでしまう。そうなれば、多くの兵士の運命やこの戦いの結末さえも、全てが狂ってしまうのだ――多くの人が死ぬかもしれないのだ。
そんな状況で、エリオスを見殺しにする、ましてや殺すなんて選択がシャールに許されるはずもない。否、場合によってはユーラリアたちは許すかもしれないけれど。でも、シャールにはその決断を下すことはきっとできない。
そう言う彼女の意図をエリオスは感じ取ったのだろう。皮肉っぽい笑みを浮かべて、一笑に付す。
「はッ! そんな理由で君は私を殺さなかったのかい? なんて馬鹿なんだい君は。他の人間なんてどうでもいいじゃないか。この戦いの行く末なんてどうでもいいじゃないか! 君の復讐は、消えない憎しみはそんなモノに負けるほど軽いモノだったのかい?」
エリオスは煽り立てるようにそう吐き捨てる。ひどい侮辱だ、ひどい悪罵だ。だけど、不思議と怒りは湧いてこなかった。彼のどこか普段と違う余裕のなさを見ると、どこか悲しさにも似た寂寥感のようなものが胸の裡を支配した。
シャールはゆるゆると首を横に振ると、目を伏せながらエリオスに振り払われたアメルタートを拾い上げて、立ち上がる。そんな彼女にエリオスは身構える。
シャールはベッドの上で自身を見上げる弱々しい少年を見下ろしながら告げる。
「言ったでしょう。それは『理由の一つ』だと。悲しいし恐ろしいけれど、きっと私はそれだけの理由しかないのなら、きっと貴方を殺していた。でも、もう一つの理由があったから、今こうして貴方と向き合っているのです」




