Ep.6-117
「賢明な判断だな。最高巫司殿には物事がよぉく見えている」
モルゴースは満足げにそう言うと、右手の先に収束していた魔力を解放し、霧散させる。そして、恭しくお辞儀をしながらシャールやユーラリアたち聖剣使いたちの顔を一人一人まじまじと見つめた。
「それでは我はここで失礼させてもらおう」
そう言ってモルゴースはパチンと指を鳴らす。その乾いた音が響いたのと同時に大地を震わせる凄まじい咆哮が響いた。この声をシャールたちは聞いたことがあった。
不意に、シャールたちの頭上に影が落ちる。その巨大な影に思わず彼女たちは皆反射的に天を仰ぐ。
そこにあったのは彼らの頭上、峡谷の道の空を旋回する魔龍の姿——アルカラゴスだった。
『蟲』が消えたことに安堵の息を漏らしていた兵士たちは再び現れた災害級の脅威に、またも恐慌状態に陥る者が現れ出す。そんな悲鳴の多重奏の中でアルカラゴスは一際強く咆哮を上げると、一気に降下する。モルゴースはそんなアルカラゴスに飛び乗ると、ちらとシャールたちを振り返る。
「それではまた会おうではないか諸君! エリオスにもよろしく伝えてくれ!」
声を張りながらそうモルゴースが叫んだのと同時に、アルカラゴスは大きく羽ばたいて北——魔王の居城がある方へと飛んでいった。その様をユーラリアは涼やかな凛然たる表情で見つめていた。しかし、内心がその表情通りでないことは、血が滲むほどに握り締められた彼女の震える拳が語っていた。
ユーラリアは強く拳を握ったまま、背後に控えていた騎士の一人に告げる。
「——軽傷者には応急手当を。重傷者は馬に乗せなさい。指揮官級に伝令、一刻も早くこの峡谷の道を抜けます」
「遺体はどう致しましょう」
騎士の問いかけにユーラリアは僅かに唇を噛むと、ゆるゆると首を振る。
「連れて行くわけには行きませんし、艦に戻すために割ける人員もありません——略式ではありますが、私が葬いをいたします。他の者は皆、この峡谷を抜けることに専心するように」
そんなユーラリアの言葉によって、再び軍勢は動き出した。しかし、そこには先ほどまでのように、兵士たちの話し声が飛び交うことはなく、沈鬱な空気の中軍靴の音だけが響いていた。
血と臓物の匂い、醜悪な『蟲』の骸、耳の奥にこびりついた壮絶な最期を遂げた兵士たちの断末魔。
この場にいるすべての者が、それらを共有し、それらに支配されていた。
そんな兵士たちが通り過ぎる横で、シャールはエリシアの手を借りながら、気を失ったままのエリオスを自身にあてがわれた馬に乗せる。
そのままでは落馬しそうだったので、エリオスを背負うような格好でシャールは同じ馬に乗り、自分とエリオスをロープで結びつけた。
エリオスの熱を感じながら、シャールはその身体の軽さと小ささに驚きを覚える。彼はこんな体躯で、聖剣使いや大国、そして魔王と相対していたのか。そして、こんな彼を自分たちは恐れていることに、複雑な感情を抱きながら、シャールは馬を進めた。




