Ep.6-115
聖剣を抜き放ち、自身を睨みつけるユーラリアにモルゴースは苦笑を漏らす。
「——やめておこう。ここへ来たのは其方らと決着をつけるためなどではない。こんなところで蹴りをつけてしまってもつまらんし」
そこまで言って、モルゴースはちらと倒れ伏したエリオスの方を見遣る。そんな魔王の視線に気がついたシャールは、その眼光からエリオスを守るように、ずいと進み出て無言でモルゴースを睨む。そんな彼女の表情と、自身を取り囲むエリシア、リリス、レイチェル、ユーラリアたちの顔を順繰りに見渡してから、モルゴースは大袈裟なため息を漏らし、大きく肩をすくめる。
「そこな少年を頂いていこうとも思っていたのだが、どうもそうはいかないらしい。残念だが、其方らの顔に免じてここは我が折れることとしよう」
「私たちの……顔?」
モルゴースの言葉に、シャールはわずかに困惑したような表情を浮かべる。そんな彼女の表情に、くすくすと微笑を零しながらモルゴースは続ける。
「我は其方らに借りがあるからな」
そう言ってモルゴースは目を細める。その表情が魔王という肩書きにそぐわないほど優しく見えて、シャールは思わず困惑する。そんな彼女たちにモルゴースは更に言葉を続ける。
「我が民を虐げた兵士がいた。我はそれを誅しに来たのだ——其方らならば分かっているだろう?」
モルゴースのその言葉に、シャールたちは動揺する。彼女たちの脳裏には、つい半日ほど前野営地のはずれの岩場で出会った三人の魔人の子どもたちの姿が浮かんでいた。そして、それを嬲っていたアーノルドたち、五人の兵士の姿も。
あの場面を見られていたのか——魔王に。シャールは戦慄する。それと同時に、シャールは慌てて周囲へと視線を走らせる。辺りにはアーノルドたちがあの時身に纏っていたのと同じベルカ公国正規兵の鎧や武具が落ちていた。
それを見て、一気に全身から血の気が引いていく。
「——誅しに来た、と言いましたね。確かに私たちにはその兵士について覚えがありますが、貴方は彼らをどうしたのですか?」
ユーラリアが問いかけると、モルゴースは口の端に皮肉っぽい笑みを浮かべて、舌舐めずりする。
「王——即ち統治者たる我にとって、民とは財だ。それも無垢にして無辜なる子供ともなれば、何者にも侵させがたい至上の宝に他ならない。そんな王の宝に手を出した者には、惨めにして苦痛に満ちた罰こそが相応しい。そうは思わんか?」
そこまで言うとモルゴースは、恍惚とした表情を浮かべながら、先ほどシャールが斬り殺した『蟲』の死骸を指差した。
「ゆえにな、そこな『蟲』どもを生きたまま体内に植え付けて、身の内から外からと食い尽くさせたのよ。五人ともな。そんな奴らの養分で大きくなり、今其方らの兵を害しているのがアレというわけだ」
「——ッ! なんて、ことを……」
モルゴースの言葉にシャールは思わず口元を抑える。彼らは確かに罪のない子供たちに、魔人だからと言って手を出したけれど、ひどいことを言ったけれど。だからといってそんな結末は——ぐるぐると巡り混線する思考。そんな中、モルゴースは更に続ける。
「なんなら、このまま奴らを糧として育った『蟲』どもに、其方らの兵を延々食い荒らさせようかとも思ったが——先ほどまで言った通り我は其方らに借りがあるからな」
そう言ってモルゴースは目を細めた。




