Ep.6-114
若草色に輝く剣——聖剣アメルタートを携えて、『蟲』を斬り伏せたシャールは洗い息を漏らしながら、積み重なった落石の向こう側にいる魔王を睨むように見据える。
圧倒的な存在感と威圧感に、腰の骨が砕けそうになる感覚を覚えながらシャールは、なんとか直立の姿勢を保って、その目に闘志を宿していた。
しかし、わずかに視線を逸らしたとき、地面に倒れ伏したエリオスの姿を見て、彼女は激しく動揺した。
「——エリオス!」
シャールは血まみれで倒れた彼の姿を見て、思わず敵の前であるにもかかわらず戦闘体勢を解いて駆け寄る。
幸いにもまだ息はある。気を失っているし、傷も深いけれど治療を施せばまだいくらでも助かりようはある。
それを確認すると、シャールは彼と魔王の間を遮るようにして、立ち塞がる。
「——貴方が、魔王モルゴースですね」
「その通りだ。そういう其方はシャール・ホーソーンだな」
シャールは魔王に自身の名前を言い当てられたことにわずかに動揺するが、小さくこくりと頷いて答える。二人の間を沈黙が支配する。
そんな中、シャールの背後で巨大な火柱が立った。それと同時に沸き起こる『蟲』の絶叫。振り返ると、巨大な『蟲』がその全身を青白い炎に包まれながらのたうちまわっていた。
そして数瞬のうちにその身体は炭となりぼろぼろと崩れ去っていく。
「シャール! 無事かい!?」
火柱が消えた後、黒い消し炭となった『蟲』の死骸を踏み砕いて、赤く輝く聖剣を構えた少女、エリシアが現れた。彼女はすばやく視線を走らせて状況を確認すると、ぴたりとシャールの横に立ってモルゴースに剣の切先を向ける。
そんな彼女を見て、モルゴースは目を細める。
「——炎の聖剣ヴァイストの使い手。エリシア・パーゼウスか」
「へぇ、ボクのコトご存知なわけだ。光栄なことで」
エリシアはモルゴースにそう皮肉っぽく返した。しかし、モルゴースはその言葉に反応を示すことなく、ちらと背後を見やる。
彼女の視線の先、そこには隊列の前方からシャールたちと同じように兵士たちをかき分けてやってきた者たちの姿が三つ。一つはリリス、一つはレイチェル。そしてその二人に守られるようにしながら、ドレスアーマーを着込んだユーラリアが現れる。
三人とも、それぞれの武器を手に取って、魔王を睨みつけている。そんな中、ユーラリアが一歩前へと進み出て口を開く。
「初めまして、魔王モルゴース殿。この軍の総指揮を与る当代のアヴェスト聖教会最高巫司、ユーラリア・ピュセル・ド・オルレーズと申しますわ。どうぞお見知りおきを」
「嗚呼、存じ上げているとも、ユーラリア。我が領土たるこの土地を随分と我が物顔で歩いているようで。なんとも腹立たしい限りだ」
「あら、そちらこそ神の教え息づく我らの大陸に度々結構な軍勢を送り込んで下さって。大変煩わしい限りですわ」
魔王モルゴースの視線やその気配の圧に一切動じることなく、ユーラリアは口の端に皮肉っぽい微笑を浮かべながらそう返した。そんな彼女の言葉に、モルゴースもどこか嬉しそうな笑みを浮かべた。
ユーラリアはちらと周囲の状況を見ると、軽くため息を吐く。
「随分と食い散らかしてくれたようですね。おまけに我らが客将の一人を随分と嬲って下さったようで——ここで決戦、とでも洒落込まれるおつもりかしら? それならこちらにも用意はありますけれど」
そう言ってユーラリアは聖剣を抜き放った。




