Ep.6-112
魔王が迫りくる中、エリオスは倒れ伏しうずくまりながら苦悶の声を漏らす。どくどくと溢れ、地面に広がる血の匂いが鼻孔の奥を突く。
「――ふむ。思った通りではあったな」
「なんで……権能、が……消えて……」
「何だ本当に分かっていないのか。その傷のせいで頭が回っていないのか、あるいは最初からこのような状況を想定していなかったのか――甘さが抜けないところはしかと躾けねばなるまいな」
知ったような口をきくモルゴースの顔を、エリオスは苦痛と屈辱感に歯を食いしばりながら見上げる。そんなエリオスの横顔をモルゴースは鋭いヒールで踏みつけて、ぐりぐりと押しつぶすように力を入れる。
口の中に鉄の味が広がる。そんな彼にモルゴースは目を細めながら、滔々と告げる。
「――其方の権能とやらの詳細は分からぬが、それが聖剣の権能に触れると消滅することは分かっている。『嫉妬』と言ったか、それもまた其方の他の権能のに類するものなのだろう? 其方は、それならば聖剣を相手にするにしても問題はないと思ったのだろう。だが、そうではない。聖剣の刃がその権能に届けばそれは自然、他の権能と同じように消滅するのが道理だろう」
「だ、って……そんな、のは……」
モルゴースの言葉は確かに筋が通っている。だが、その可能性をエリオスだって検討しなかったわけではない。しかし、シャールの聖剣を利用しての実験では権能の効果が解除されるなんて結果は出なかった。
それゆえにエリオスはこうして対魔王の戦いで『嫉妬』の権能を使うことを選択したのだ。
エリオスの困惑した表情を見下ろして、モルゴースはゆるゆるとかぶりを振る。
「その様子から見るに、其方も多少はこの可能性を考え、そして実験をしたのだろうな。聖剣で傷でもつけてみたのか? 指先か? それとも腕や足か?」
モルゴースは煽るように問いかける。その言葉にエリオスはかつての実験を思い出す。
あれはレイチェルと交戦した後のことだったか。『嫉妬』の権能や『傲慢』の権能のような、自身を強化する術式と聖剣との相性を確かめておこうと思い立ったのは。
シャールの聖剣を使い、身体のさまざまな部位それこそ、指先や脚の各所を聖剣で突いて傷をつけてみたけれど、権能がそれによって解除されることはなかった。だというのに——
「詰めが甘い——とは言うまい。我が見るにその『嫉妬』の力は、肉と骨の奥にこそ巣食い、そこから其方の身体を一時的に作り替えるという性質なのだろうよ。故に、其方が単独で行える実験程度の傷では、そこまで届かなかった。だが、こうして其方の身体を聖剣で抉ってみればこの通りよ」
モルゴースはそう言いながら肩を竦める。
なるほど確かに、シャールの聖剣を使った実験ではそこまでの深手を負った場合までは試していない。それは単純に痛みをおしてまでそこまでの実験をやる必要性を感じなかったら。それに何より、目の前に自身を倒すと宣言しているシャールがいるにも関わらず、自ら重傷を負うなんていう馬鹿げたことは、どれだけ彼女と自分の間で戦力差があったとしても、するわけにはいかなかった。
「ま、もはやそのようなことはどうでもいいだろう? その傷ではもはや立ち上がることすら出来まい。ただ我に嬲られるばかりだ。しかし、其方もそれは嫌だろう? 故に其方に提案だ——負けを認めて、我に跪き、我が配下となれ。さもなくば永劫の苦痛を其方に与えることとなる」
モルゴースの問いかけ。先ほどまでと言っていることは変わらないけれど、その声の圧からしてこれが最後通牒であることは明らかだった。
エリオスは地に伏せたまま唇を噛む。
「私、は——」




