Ep.6-111
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エリオスとモルゴースの戦いぶりは苛烈を極めていた。エリオスは『嫉妬』の権能で強化された魔術や体術、そして聖剣による剣戟の合間を縫うように繰り出される『暴食』や『憂鬱』の権能で一切の躊躇も容赦も無く攻撃を繰り出し続ける。対する魔王も、圧倒的な手数で繰り出されるエリオスの攻撃の雨を、聖剣で打ち払い、しなやかな身のこなしで躱していく。そして時折挟む反撃をエリオスはときに受け止め、ときに軌道を変えて逸らす。
結果、戦場となった峡谷の道は瞬く間に地面が砕かれ、岩壁からもぼろぼろと落石が落ちてくる有様だ。
「——ッ! はァ、ハァッ!」
「どうしたエリオス、息が上がっているのではないか? 若いのに情けないのう」
「——うる、さいっ!」
モルゴースの言葉に唇を噛みながら、エリオスは強化を施した死んだ兵士の剣に魔術を乗せて振り抜く。その剣戟を魔王は飛び退いて躱したが、すぐに何かに気がついたように聖剣の柄を両手で掴んでその切先をエリオスに向ける。
振り抜かれたエリオスの剣戟が空を切り裂くと、真空の刃となって斬撃が飛んでいく。モルゴースはそれを構えた聖剣で打ち払うと、一歩大きく踏み込んで靭く跳躍し、エリオスに迫る。エリオスは咄嗟にもう一度剣を振り、斬撃を放つがそれは容易く回避され、懐に潜り込まれる。
剣を力任せに振り抜いたエリオスの胴はがら空きだった。
「——ッ!」
エリオスは反射的に『憂鬱』の権能を励起させ、十数本もの影の槍をモルゴースに突き立て串刺しにしようとする。
「判断が悪い」
しかし、その悉くをモルゴースは恐ることなく聖剣を振る。一歩、大きく踏み込み迫る影の槍衾をその奥にいるエリオスごと切り裂いた。
「——ぐぅッ!」
斬りつけられたエリオスは、くぐもった悲鳴をあげながらよろめく。右肩から腰までにかけて大きく刻まれた傷から、血が噴き出た。
「おうおう、痛いかエリオスよ。どうした、治癒の魔術でも使えば良かろう?」
そんなモルゴースの言葉に、エリオスは乱れた呼吸の中で歯を食いしばると、ゆっくりと体勢を立て直そうとする。今治癒の魔術など使って隙を作れば、それをモルゴースに突かれて聖剣で嬲られ続けるという悪循環に陥る。
一対一で戦っているこの状況で、回避もできない重体の身となった自分には、そんな隙を作ることなど許されていない。だからこそ、今はこの傷をおしてでも立ち上がらなければいけない。そう思って脚に力をこめた瞬間だった。
「あ、れ——?」
エリオスは不意に間の抜けた声を漏らすとそのまま血の染みた地面に崩れ落ちる。力がみるみる抜けていく、熱が急速に失われていく。バクバクという鼓動がうるさくて、手足の間隔がなくて、まるで自分が首と心臓だけの生き物になったような感覚に陥る。
「『嫉妬』が、権能が……消えた……?」
エリオスは先ほどまでこう思っていた。傷は深いが、『嫉妬』の権能による強化があるのだから、まだ少しは身体は保つはずだ、戦えるはずだと。
しかし、今『嫉妬』の権能の効果は消え失せた。再度権能を励起させようと思っても、傷の痛みやこの状況への混乱のせいで意識がうまく纏まらず、『嫉妬』を呼び起こせない。
「——な、んで……」
そう漏らすエリオスの元へとモルゴースの足音が迫る。




