Ep.3-7
そうだ、エリオスを倒せないにしても、目の前の彼女を殺せば——彼に一矢報いることができる。仮令そのあとで――エリオスにか、兵士たちにかは分からないが――自分が殺されてしまったとしても、あの悪役に傷を与えることはできる。死んでしまったかつての仲間たちに顔向けが出来る―――?
シャールは、アメルタートの柄に左手を添える。
震えが止まらない、口の中が乾く。どくんどくんという脈拍が、肩の傷口から血が滲み出るにつれて強く感じられる。
「―――そう」
アリアが短くつぶやくように、寂し気な笑顔を浮かべながら言った。
それを見た瞬間、シャールは自分の身体が石になったように固まったような錯覚に陥る。いいのか――本当に?
エリオスは倒すべき敵、滅ぼされるべき悪だ。それは疑いない――なぜなら、彼の罪をシャールはその目で見たから、許せないと憤ったから。だが、目の前の彼女は? 彼女にいったいどんな罪がある? 私はそれを知っているのか?
「―――ッ」
シャールは顔に被った蜘蛛の巣を払うように、首をぶんぶんと横に振る。そして、口元を手で押さえ荒れた息を押し込めようとする。
――彼女の罪? そんなものは知れている。エリオスの『ご主人様』でありながら、彼の悪行を放置しているのだ。同罪だろう―――本当に?
脳内で、いくつもの記憶がフラッシュバックして、それらがぐちゃぐちゃに撹拌される。エリオスの悪行、死んだ仲間たち、森の中に作ったささやかな墓標、アリアの笑顔、エリオスの穏やかな顔‥‥‥
「う、ああ‥‥‥」
どうすればいい、どうしたらいい。自分には何が許されていて、何が許されていないのか。頭ががんがんと痛む。カランと軽い音がして、アメルタートが地面に転がるのと同時にシャールはその場にうずくまる。
そんな彼女を、アリアは一瞥してから扉を見る。
「そろそろ、か」
そう口にしたかと思うとアリアは、シャールの手に自身の手を重ねる。冷たい手だった。絹のような滑らかな肌だが、それでいてとてもとても冷たい手。
「行くわよ――」
「え――どこへ?」
シャールの問いに答えることなく、アリアはその手を引いて走り出す。シャールはその手から零れ落ちたアメルタートを何とか拾って、脱力したままにアリアについていく。
髪の毛を揺らして駆けて行くアリアの後姿を見ながら、シャールは思う―――彼女は今、何を考えているのだろう。自分はアリアを殺そうとしていたのだ。それは、アリアにも分かっていたはずだ。そんな自分の手を今彼女は引いている。どういう気持ちなのだろう。
そんなことを思いながら走っていると、遠くから何かが弾けるような大音声が鳴り響き、館中をこだました。
大扉が破られたのだ。次々に兵士たちの侵入する足音が聞こえてくる。雑踏の音に加えて、怒号や罵声、咆哮が静謐だった館を侵す。
そんな後方を振り返ることなく、アリアは走る。
そして二人は、エリオスの玉座のある大広間へとたどり着いた。




