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Ep.6-108

「——ほう」


詠唱を終えたエリオスを見つめながら、モルゴースは思わず感嘆の息を漏らす。そんな魔王の視線を受けながら、エリオスはちらと足元に目を落とす。地面に転がる血に塗れた小石を見て、エリオスは小さく鼻を鳴らす。左脚を軽く後ろに引くと、次の瞬間思い切り脚を振り抜いて小石をモルゴースに向けて蹴り込む。


「——ッ!」


迫る小石にモルゴースは思わず表情を硬くする。自身の額に向けて飛んでくるその小石があまりに凄まじい勢いだったからだ。それはまるで、十人がかりで引き絞られた強弓から放たれた矢のように、一刹那にも満たないうちに距離を詰められる。

モルゴースは本能的にそれを回避する行動をとる。少なくともアレの直撃を受けてはまずい。肉体に強化は施しているが、それでもアレを受ければ頭蓋骨を貫通される。たとえ受け止められたとしても重度の脳震盪は免れ得ない。モルゴースの本能は刹那のうちにそう結論を下した。

結果、小石はモルゴースの頬を掠めてその横を飛び去っていった。しかし次の瞬間、小石に触れていないはずのモルゴースの頬の皮膚が僅かに裂ける。鋭利なナイフを走らせたかのように綺麗な傷口からは、鮮やかな赤色の血が流れ出る。


「へえ、魔王も血は赤いんだね」


「其方——やはり面白いのう」


エリオスの皮肉に、モルゴースは口の端を吊り上げながら笑う。頬を伝う血を少し長い舌で一舐めすると、魔王は目を細める。


「油断していたとはいえ、傷を受け血を流したのはいつ以来か——それは身体強化の術式だな? いや、もしかすると身体だけでなく魔力も強化しているのか……?」


「ま、隠しても仕方ないし、明らかだからね。御明察、だ」


弾丸のような小石はなんてことはない、ただ強化した脚力で思い切り蹴っただけに過ぎない。

だが、実際あれだけの威力が出たのはエリオスにとっても予想外だった。最後にエリオスがこの権能を使ったのは、レイチェルとの戦いの時であったか。あの時はこれほどまでに飛躍的な力の増幅は起きなかった。

『嫉妬』の権能——『傲慢』と並ぶ身体強化の術式。その出力は、術者と対象者の力量の差に左右される。否、より正確にいうのなら、どれだけ自分が相手に劣っていると思っているか、という点に依存する。その劣等感と、それに伴う苛立ちや不快感こそがこの術式を発動させ、その出力を増大させる。その結果があの想定以上の力の増幅だった。

しかし逆にいえば、今エリオスは自分で想定している以上に、本能的、無意識的な部分でモルゴースとの力の差を感じているということになる。

その強烈な劣等感にエリオスは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる。


「全く、本当に不愉快だ。自分が自覚している以上に、自分が相手を恐れているのだと突きつけられたようなものじゃあないか。本当にキツい」


「——其方は何を言っているのだ?」


「別に独り言さ。それよりも、さっさとやろうじゃないか。この不快感はさっさと紛らわさなくてはね」


エリオスはそういうと辺りに落ちた死んだ兵士の剣を手に取る。一振りして刀身に纏わりついた血を払い、モルゴースに向ける。

そんなエリオスの言葉にモルゴースは口の端を吊り上げる。


「まったく、この我をはけ口のように扱いおって。不遜なことだのう———だが、それでこそ。それでこそ砕き屈服させたくなるというものだ」

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