Ep.6-107
「其方の相手はこの我こそが相応しかろう?」
モルゴースの不敵な言葉に、エリオスは強く舌打ちをする。ここで魔王と交戦し時間を浪費するのは明らかに悪手だ。そんなことをしている間に兵士たちは次々に殺されていく。それだけでなく、あの『蟲』の脅威によって兵士たちの士気も当然に下がる――戦を始める前から、魂から殺されていくのだ。そうなれば、魔王軍の征討は一気に難度を増す。例え、聖剣使いやリリス、エリオスたちによって魔王や幹部が打ち倒されたとしても、軍勢として負けてしまえば詰みだ。
ゆえに、本来ならエリオスが一番にすべきことはあの『蟲』を駆逐すること。しかし、そんなことをやすやすとさせるモルゴースではないだろう。エリオスが『蟲』や兵士たちにかまければ、その隙に一気に攻めかかって来る。もしそうなれば、自分は勝てない――それはエリオスにも分かっていた。あの魔王のふざけた態度に騙されそうになるけれど、アレは片手間で処理できるような相手ではない。権能も、意識も、肉体も――全てを注ぎ込んで戦うべき相手だ。そうでなければ、今の自分ではあの魔王を数瞬と抑えることができない。
「――嗚呼、ひどく煩わしい……腹立たしい……貴方という存在が私は本当に不快だ」
「おやおや、ひどい言い草じゃないか。流石の魔王でも傷つく心はあるのだぞ?」
モルゴースはわざとらしく胸元に手を当てながら、ショックを受けたような演技をして見せる。しかし、そんな魔王の一挙手一投足をエリオスは冷たく見つめながら、自身の精神のカタチを変えていく。言葉は鋳型、精神は熱く融けた鉄。言葉で作り上げた型に自分の精神を流し込み、固めて刃を作る。
『憂鬱』『暴食』はともに、権能にカタチを与えて体外へと出力する術式だ。純粋な権能の魔力によってのみ構成されたものであるからこそ、今の自分が扱っては聖剣の神聖性に劣後する。だから、聖剣の権能に触れた瞬間に霧散する。これは、今の自分ではどうしようもないことだ。これは、長きにわたるシャールの聖剣の研究によって動かしがたいものであると、エリオス自身が結論付けた事実だ。
なら、権能を構成する魔力を聖剣に触れさせないものを使えばいいのだ。そういう術式はいくつかある。例えば『傲慢』――効果は単純に自身の筋力や膂力、魔力にいたるまであらゆる機能を強化するもの。だが、この術式の発動条件とその強化の幅は、対峙する相手が自身に抱く「恐れ」である。ゆえに、今目の前のモルゴースには使えない。なぜなら、モルゴースはエリオスのことを微塵も恐れていないから。あのうすら笑いを見るに、脅威とすら思っていないのかもしれない。なら、もう一つの術式――効果は同じだけれど、発動条件を自分の外部に求める『傲慢』と違い、これは自分の中にそれを求める。自分よりも優れたモノと対峙するための術式。即ち――
「嗚呼、本当にその力も自信も……本当にうらやましい、妬ましい……」
「何?」
エリオスの言葉に、モルゴースはわずかに眉間にしわを寄せる。言葉の流れが変わってきたのを感じ取ったのだろう。そして気が付く、先ほどからの言葉は全て単なる感想などではなく、布石であったのだと。
わずかに身構えるモルゴースを前にエリオスは、唇を噛みながら心底うんざりとしたような表情で詠う。
「『刮目せよ、眼の眩むほど。賛美せよ、燃ゆる罪業を。眼を背けても。忘れず刻め、我が示すは大罪の一。踏破するは嫉妬の罪』」




