Ep.6-95
シャールたちは野営地に戻ると、さっさとテントの中へと引っ込んで休息をとった。長い行軍により肉体的な疲れも溜まっていたし、何より先ほどまでの緊迫したやりとりで精神的にもだいぶ張り詰めてしまっていたのも大きい。
床に就くと、意識はすぐに溶融してしまった。次に気がついた時には、既に日が昇っていた。
そこからすぐに、簡単な軍議を済ませた後、シャール達魔王討伐軍は、出立の準備を整えると、進軍を再開した。
荒涼とした暗黒大陸の大地を討伐軍は順調に進む。相変わらず敵に遭遇するようなことはなく、拍子抜けするほどに進軍はスムーズだ。
昨日まで警戒心で張り詰めていた兵士たちの顔にも、いよいよ緊張感の薄れが見てとれるようになる。あちこちから雑談の声が聞こえてくるのがその証拠だ。
シャールは馬上から、時折ちらと全軍を見渡す。兵士たちの緩んだ表情には、戦争について素人であるシャールとしては若干の不安を禁じ得ない。しかし、リラックスできていると考えれば、存外悪いことでもないのだろうか。どちらにせよ、この緊張感の緩みについて、シャールはとやかく言える立場には無いのだけれど。
それからシャールは、ふと軍の右翼側に陣取る兵士の一団を見遣る。掲げる旗はベルカ公国の軍旗。その麾下の一団の纏う鎧はシャールの見覚えのあるものだった。
魔人の子供達を嬲った兵士——アーノルド達も彼らと同じ鎧を纏っていた。きっとあの一団のどこかに彼らもいるのだろう。結局、昨晩からユーラリアやシャールの周辺において、魔人の子供達を助けた件について何か話題になったり、お咎めがあったりすることはなかった。おそらくアーノルドたちはちゃんとユーラリアの言いつけを律儀に守っているのだろう。そうしなければ、自分達の命が危うくなりかねないから。
彼らからは、馬に乗って他の兵士たちより一段高いところにいるシャールやエリシア、リリスたちの姿が見えているのだろう。彼らは今自分達の姿を見てどんなことを考えているのだろうか——ふとそんなことを気にしては、少し憂鬱な気分になる。
そんな時、全軍が僅かにざわめく。それから少しして先頭から順々に全軍の足が止まる。先頭の方で一時停止の号令がかけられたようだった。
一瞬、魔王軍と交戦したのかとも思ったけれど、そんな剣呑とした様子ではなさそうだった。
シャールは目を細め、これから軍勢が行先をじっと見つめる。この先に広がるのは切り立った峡谷だった。左手側の谷底には流れの早い川が流れ、右手側には赤黒い岩壁。その間の道と呼べるスペースは、大都市の大通りくらいの幅はあるけれど、この人数の軍勢が通るには狭すぎる。一種の隘路と言っていいだろう。
この隘路のことは朝の軍議でも話題に出ていた。ここを通らなければ、魔王の城がある暗黒大陸中枢部まで行くのにはかなり遠回りになってしまうので、出来ることなら利用したい道だ。しかし、崖の上やこの隘路の抜けた先で魔王軍に待ち伏せさせれては軍は壊滅的な打撃を受けるため、軽々にはこの道を通ることは決定できない。結局、軍議の席では、この道を通る前に、斥候に崖の上と道を抜けた先に魔王軍が待ち構えていないかを確認の上、先頭に陣取る最高巫司の判断でこの道を進むかを決定することとした。
今は恐らく、斥候が安全確認を行なっているところなのだろう。もしかしたら、あの峡谷の見えないどこかに魔王軍がいるかもしれない——そんな可能性に、シャールは息を呑んだ。
ここ数日、体調が優れませんので12.22の投稿は昼夜ともにお休みさせていただきたいと思います。
申し訳ありませんが、ご理解の程よろしくお願いいたします。




