Ep.6-91
「――これで、ひとまずは大丈夫だと思うのだけれど」
そう言ってユーラリアは岩陰の向こうへと消えていくアーノルドたちを見届けると、近くの岩壁に背をもたれさせる。その表情にはわずかに疲れが滲んでいた。
「――レイチェル、悪いけれど彼らがちゃんと野営地に戻っていったか、彼らの後を追ってちょうだい。そうしたら貴女も休んでいいわ。陣には自分で帰るから」
ユーラリアは目を閉じて、深めのため息を吐いてから、再び目を開けるとレイチェルに指図をする。レイチェルは疲れた様子の彼女のそんな言葉に、にわずかに表情を曇らせながらも、その意を尊重して無言で頷いて踵を返した。
「さて、君たち。怖い思いをさせてごめんなさいね――えっと」
そう言いながら、ユーラリアは魔人の子供たちの方を向き直り、その一人一人の顔を眺める。そんな中、山羊角の少年がうめき声をあげながら、ふらふらとその頭を揺らして起き上がる。頭に手を当てて低い声を上げる彼を、ロアと金髪の少女が支える。
「あんた――は?」
山羊角の少年が頭を押さえながらユーラリアを見遣る。そんな彼の不躾な問いかけに、ユーラリアは苦笑を漏らす。
「人の名を聞くならまず自分から名乗りなさい――と、普段ならば言う所なのですけれど、流石にけが人の子供にそんなことを言うのは大人気ないですね。私の名はユーラリア。今、この大陸に進駐している魔王の討伐軍、その最高指揮官を務めています」
「――そう、なんだ……じゃあ、アンタも魔王様の敵なんだ」
「だとしたらどうします? 私と戦いますか?」
ユーラリアが目を細める。その瞳が冷たく輝いた。そんな彼女の瞳を真っすぐに見つめながら、山羊角の少年はゆるゆると首を横に振る。
「ううん。きっと俺がアンタと戦っても、勝てない。あの兵士たちにだって勝てなくて、守れなくて、殺されかけた。それなのに、わざわざアンタと戦うなんてことはしない。それに、アンタには恩がある――ぶっ倒れてたけど、アンタが助けてくれたのは分かってるから」
「そう。貴方もとても聡い子ですね。改めて、貴方の名を伺っても?」
ユーラリアは、少年の言葉に感心したようにうなずくともたれさせていた背中を岩壁から離して、ゆったりと少年の前へと歩み出てそう問いかけた。その言葉に、山羊角の少年はユーラリアを睨みつけるように見上げながら応える。
「――ルイ。改めて、助けてくれたことに礼を言うよ。ありがとうユーラリアさん」
「ふふ、お礼を言う態度じゃないですねえ、ルイ――それで、そちらの貴女たちもお名前を聞いても?」
ユーラリアはそう言って、ちらと彼の背後の二人の少女たちの方を見る。すると、二人は顔を見合わせてから、おずおずと立ち上がってユーラリアの前に立つ。
「ロアです」
「私……メイです」
ロアとともに金髪の少女――メイは伏し目がちに名乗った。そんな彼女たちににっこりと微笑みながら、ユーラリアは口を開く。
「そう。ロア、メイ――よろしくね。それと、君たちには一つだけお詫びをしておかなくてはね」




