Ep.3-5
風を切って、放たれた矢がシャールの首に迫ったその瞬間、ぐらりと視界が揺らいだ。
外套の裾を思い切り掴まれ引っ張られて、シャールはその場に倒れ込む。その瞬間、先ほどまでシャールの頭があったところを矢が通り過ぎて行った。
「何やってんのよバカ!」
呆然と座り込んだシャールの背後から響く叱るつける声。シャールは、壊れたカラクリのようにゆっくりと振り返る。そこにはアリアが息を切らせて立っていた。髪は結い上げられ、ネグリジェを乱れさせている。足元に至っては、慌てて走ったからかサンダルが脱げて素足で石のテラスの床に立っている状態だ。
「あ、アリアさん‥‥‥」
「もたもたすんじゃないわよ! 早く来なさい!」
アリアは、その華奢な腕で出せる力の限りでシャールの腕を引っ張り立たせると、食堂室へと駆けこむ。その瞬間、ひゅんと風を切る音が幾つも重なって聞こえてきた。それと同時に、紅く灼けた夜の空に幾百もの矢が放たれ、雨のように館に降り注ぐ。
「―――ッ!」
アリアは表情を歪めながら、右手を前に突き出してそれを横一線に払う。その瞬間、食堂室の窓に紫の分厚いカーテンがひとりでに引かれ、一瞬で赤黒い空を覆い隠した。
食堂室には耳をつんざくような音が響く。何本か何十本か、矢が食堂室のガラス窓を貫いたのだろう。幸いにもアリアが引いたカーテンのおかげで、シャールたちにそのガラス片が飛び散ることは無かったが、響き渡った高く厭な音は、カーテンの向こうの惨状をありありと想像させる。
アリアは表情を歪めたまま、シャールの手を引く。
「行くわよ――」
シャールはアリアに手を引かれて、食堂室を後にする。
先導するアリアは、はだしのままで大理石の冷たい床を踏みながら、華奢な足を奔らせる。
「ど、どこへ―――」
「決まってるでしょ。一階の大扉——あそこが破られたら事だわ」
「え、でも——あの人は?」
シャールの問いかけに、アリアは強く歯噛みして表情を歪める。しかし、小さく首を横に振ってから、何事もなかったかのような顔を取り繕って、吐き捨てるように言った。
「後で来る――だから、アイツが来るまで私がこの館を保たせないと」
どこか自分自身に言い聞かせるような声だった。唇を震わせながら走るアリアに、シャールは言い表しようのない焦燥を感じた。
二人は階段を駆け降りて、玄関ホールへと辿り着く。その途端、何かが引きちぎれるような厭な音が黒い鉄扉の向こうから聞こえてきた。その直後、重く大きなものが倒れ伏したような大音声が館を揺らす。
「跳ね橋を落とされた———!」
アリアはそう呟くと、血が出そうなほど強く唇を噛んだ。
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