Ep.6-88
「呆れ、た……だと?」
淡々とした声音で吐き捨てられたユーラリアの言葉に、アーノルドは一瞬毒気を抜かれたように、口を開ける。しかしすぐにくつくつと喉の奥で笑う。
「は、はははははは! ハッタリのつもりですかねぇ!? 最高巫司猊下ともあろうものが見苦しいッ! 潔く罪を認められてはいかがかな!? それともアンタのような小娘には怖くてできない?」
「——私に罪があるのなら、潔く認めますけれど、ありもしない罪を認めて無為に散らすほど私の命も人生も安くはないので」
僅かな怒りをにじませたままに、ユーラリアは努めて冷静に、冷淡に、冷徹にそう返した。その言葉にアーノルドは表情をひどく歪める。
「この期に及んで誤魔化し揉み消しか!? こっちにはこれだけの証人が——!」
「——ですからね、そもそも私の行いは罪にはなり得ないのですよ。少なくとも聖教会の法と教義においては」
「——ぇ?」
ユーラリアの言葉に、アーノルドは表情を強ばらせる。彼の狂喜の炎が冷水をかけられて一瞬で消えてしまったかのようで、そのあまりの変わりようは見ていて哀れですらあった。
「——歴史に詳しいと豪語する人間がこれですから、魔人に関する歴史についての教育と普及は急務かもしれませんね」
「……な、何を言っているんだ」
「単純な話です。魔人であることは、聖教会にとって必ずしも打ち滅ぼす敵となる条件ではないのです。貴方の言う異端訴追騎士団長は教義と教会法にとても詳しいですからね、貴方の言葉など一笑に付したのちに、最高巫司を侮辱した貴方を処断しにかかることでしょう」
「そんな馬鹿なことがあるかッ! ま、魔人だぞ……魔人なんだぞ?」
「魔人だって、神の手によって作られた我らと同じ被造物ですよ?」
薄ら笑いを浮かべながら、ユーラリアはそう言い放つ。その言葉に、アーノルドの表情が引きつった。それがユーラリアの言葉にどんな感情を抱いたが故の表情なのかは分からないけれど。怒りだったのか、或いは恐怖だったのか。
そんな彼を見ながら、ユーラリアはさらに続ける。
「魔人も魔物も、それ自体としては神の被造物です。神の被造物であるということは、神の偉業の一端であり、その存在を否定することは神を否定すること。貴方の言っている事、魔人は魔人であるがゆえに罪であり悪であるということは、そう言うことなのですよ」
「だ、だが……魔王は、神の敵で……」
「確かに魔王も神の被造物です。でも、神の偉業はつくるところまで。その後どう生きるか、神に忠誠を誓うのも、反逆するのも神の責任ではなく、個々の存在の責任であり、それを裁くことは神を裁くことにはなりえません。魔人という総体、概念と魔王というこの存在を同視するべきではないのです」
淡々と繰り広げられる神学論に、アーノルドは圧倒される。この教義の解釈論においては、圧倒的にユーラリアの方が優位だ。そんな中、アーノルドは苦し気な表情を浮かべながら、目を血走らせて震える唇で更に言葉を紡ぐ。
「――だ、だが……聖教会は、かつて魔人を放逐しただろう……」
「それが私の呆れたところですよ、アーノルド」




