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Ep.6-86

「議論の結果はアーノルド、貴方の負け。シャールの勝ち。だから、私は彼女の意見を容れて、この子供たちを助けることに決めました」


「お、お待ちください――! わ、私は……」


ユーラリアの結論に反論するべく、アーノルドは声を上げる。しかし、そんな彼をユーラリアは目を細めて見つめる。その視線はまるで眼球の奥の水晶体を通して、彼の底の底まで見通すかのよう。そんな眼差しに貫かれた彼は、思わず押し黙ってしまう。

そんな彼に、ユーラリアは半ばあきれたような顔で、皮肉っぽい微笑を浮かべる。軽蔑するような、見下すようなその表情は、奇しくもこの場においてはじめて顕出した彼女の人間らしさのように思えた。

ユーラリアはアーノルドを嬲るように見つめながら口を開く。


「まさか、自分は負けていないとでも? まだ結論は出ていないとでも?」


「……ッ!」


「私は最初、貴方の展開する主張を大変興味深く聞かせていただきました。それこそ、私の知りえない戦争の論理を披歴する貴方の意見を容れ、彼らを手に掛けてしまおうかと一瞬思ってしまうほどに。ですが、貴方はそれまで自分が積み上げてきた論理を、相手の誠意ある応答ごと放り投げて逃げ出し、議論という決闘の舞台を穢した。そんな人間は、敗北者以外の何者でもない。それも、この世で最も恥ずべき類型(タイプ)の敗北者です」


ユーラリアの言葉はいよいよ鋭さを増していた。そんな言葉を真正面からもろに受けたアーノルドは、ぎりぎりと歯噛みする。しかし、反論の余地などあるわけが無かった。言い逃れすらもできはせず、彼は歯噛みしたままにうつむく。

そんなアーノルドが握りしめた拳が、ユーラリアに襲い掛かるのではないかとシャールは不安を覚えたが、流石にそこまで彼も命知らずではないようで、じっと彼女の非難の言葉に堪えている。

そんな中、ユーラリアは自身の話を切り上げるべく、まとめにかかる。


「と、ここまでお話したように貴方の議論における敗北で以て私の結論も定まりました。本当は、もう少し骨のある議論を期待していたのですが、思った以上に貴方が脆かったから、私としても少し消化不良です。ですがシャール」


「え、あ……はい!」


シャールは不意に自分の名が呼ばれたことに慌てながら、まるで軍人が敬礼するように両踵を打ちつけるように合わせて、姿勢を正す。先ほどまでのアーノルドへの痛罵を見ていたがゆえに、自分も手ひどく怒られるのではないかと、シャールは心臓が締め付けられる思いだった。その所為か、返事をした声も、わずかに裏返る。

しかし、そんな彼女の素っ頓狂な声にユーラリアは相好を崩しながら、優しく語りかける。


「貴女の主張は良かったですよ。私としても、感情論によりすぎているきらいはありますが、そも感情論とて、筋が通っているのなら論理は論理です。他の論に劣後するものではありません。理想主義的なところも、神の教えと正義を掲げる私たち聖教会の人間にとっては、通ずるものを感じるところです――決して、私が貴女の主張を容れたのは、彼が敗北したからだけではないのだと、承知しておいてくださいな」


そう言ってユーラリアは笑った。そんな彼女の笑顔に、シャールはわずかに口の端を引きつらせながらも、笑顔で返す。未だに、先ほどのユーラリアの言葉から受けた、恐ろしさが抜けていないようで、自分でも驚きを禁じ得ない。

そんな中、ふとアーノルドに視線を転じたシャールは更に驚きを重ねる。


「ふ、くふ……は、はははは」


アーノルドが笑っていた。うつむいたまま、肩を震わせて。

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