Ep.6-84
「――貴様……言葉を慎みなさい」
「異端の謗りを免れえない」と吐いたアーノルドに、レイチェルは低く、唸るような声でそう言った。その言葉にアーノルドは全身をびくりと震わせながらも、逆にレイチェルを睨み返す。
「猊下は俺……私に、語りたいことを語るようにと仰せなのです! 故に、私は自らの思う所に従い語るのみであります」
「――ッ!」
ユーラリアの言葉を引用して言い返されたことに、レイチェルはその顔に怒りを滲ませる。そんな彼女を見ながら、ユーラリアはくすくすと笑う。
「そうですよ、レイチェル。彼には今、あらゆる言葉を吐くことを許しているのです。だから、そんな風に威圧しちゃだめですよ?」
「は――御意のままに」
ユーラリアの言葉に、レイチェルは渋々ながらに腰を折る。そんな彼女を見てから、ユーラリアは再びアーノルドに視線を向ける。最高巫司という立場からすれば、許しがたいひどく侮辱的な言葉を投げつけられたにも関わらず、ユーラリアは泰然とした余裕に満ちた笑みを浮かべていた。
「どうしました? 続けてくださいな」
「え――あ……」
アーノルドは先ほどの言葉とレイチェルへの反論に、まるで精魂全てを使い果たしたかのように、先ほどまでの勢いを失っていた。あるいは、ユーラリアのあの底の見えない笑顔に翻弄され、飲み込まれてしまっているのかもしれない。
ユーラリアに先を促されても、碌な言葉が出てこない。そんな彼の困惑した表情は、まるで肉食獣の前に放り出された子ウサギのように哀れなものにみえた。
そんな子ウサギを嬲る獣のように、ユーラリアは苦笑を浮かべながら言葉を促す。
「どうしました? 私が『異端の謗りを免れ得ない』と――それで? だからどうだと言いたいのです? 私にどうして欲しいのです? 怒りはしませんし、罰を与えるようなこともありませんから。ほら、言ってごらんなさい」
いっそ、アーノルドは彼女の怒りも、罰も恐れてはいないのかもしれない。もはや此処に至っては、どうにでもなってしまえと、自棄になっていたからこそ、先ほどの言葉は出てきたのだ。そんな彼が今、恐れているのはただ純粋に目の前の少女――最高巫司という肩書さえ飾りに過ぎない。彼は今、ユーラリアという少女との対峙を恐れている。そうさせるだけの何かが今の彼女にはあった。それこそまるで、神のような――自分たちとの絶対的な存在としての格差が感じられた。
アーノルドは震えながらも、更に言葉を紡ぐ。そこに先ほどまでの勢いはない。
「ま、魔人は魔王に従うものであり、その汚らわしき存在自体が、許容しがたきもの――し、しかるに……最高巫司猊下には、軍を率いるモノ……として、最高指揮官として、範を示していただくと、ともに……神の代理人たる……御身の地位にふさわしき、処断で以て……ッ、この、魔人たちを処断して……いただきたく、存じます」
途切れ途切れに、息を荒れさせながらアーノルドが紡ぎあげた言葉に、ユーラリアはにこにことした表情のままぱちぱちと乾いた拍手をする。
「なるほどなるほど。貴方の言いたいコト、よくわかりましたよ。出来ることならば、貴方の言葉を全面的に容れてあげたいところですけど――」
そう言いながら、ユーラリアは拍手を止めて目を細める。
「私も理由があってああいう行動をしたのです。是非貴方にも、それを聞いて理解して欲しいのですが……いかがでしょう?」




